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日漢協 ニューズレター 64号

(第22巻 第1号)2005年5月

巻頭言  理解していただくための努力

厚生労働省審議官
黒川 達夫

インターネットが現れておおよそ10年、情報技術の発達にはめざましいものがある。高速回線の契約は2004年度で約3,300万世帯、すでに生活基盤のひとつとなった。

医薬品添付文書をはじめ、医薬品、医療関係についても大量の情報がウェブ上に置かれ、知りたいことは検索エンジンで数秒の間に手元に届けられる。極めて便利である。新聞・ラジオ、電話・電報の時代には考えられなかった量の情報が、国民ひとりひとりを取り巻き、また活用されていることになる。

そのような環境のもと、それでは国民をはじめとする関係者の間に、事物についてのきちんとした理解が同じように進んだかというと、これは必ずしも肯定できるようには思われない。

身近な問題でみる。例えば漢方薬・漢方体系による治療、民間の薬草による療法、生薬による薬物療法の三者の違いについて、国民の間に本質的な理解が高まったかというと、どうも心許ない思いが残る。

漢方に限らず、がん治療に関する話題や、食生活を通じた健康の保持など、医療・保健の分野を見れば、検証された学説と単なる主張が区別なく並べたてられているような外観である。

何かことが起これば自己責任や公的な規制が取りざたされやすいが、結局とてつもない量の情報が絶えず日常の生活に流れ込み、我々すべてが情報の大海におぼれかけているような、そのような印象すらある。

かつては情報は、媒体や伝達できる分量の制約から、その分野の先達のフィルターを通したものが提供されていたように思う。漢方について言えば傷寒論や金匱要略をはじめとし、さらに生薬学一般に通じた方々が主たる情報発信の担い手であった。またそれにふさわしい受け手がいて、内容が順に平明な方向に工夫され拡がっていったように思う。

今日では、誰でもが自己の主張を述べるための手だてを持ち、内容の確実さを問われるステップもなく、それぞれの主張がウェブ上に置かれているのである。

日常が高度に発達した情報技術に依存する時代にあって、氾濫する情報はかえって迷惑である、と言ってもはじまらない。これは、自動車は危険で環境に悪いので止めようと言っても、それでは社会が成り立たないことと同じである。なんとか一緒にやっていくしかない。

おそらく対応は、むしろ漢方や漢方薬を提供する側が、今まで以上に漢方とはなんぞや、ということを分かりやすく、また信頼できる形で情報発信し続けていくことだと思われる。

誰でもが発信者になり受け手になり得る時代に、そのような努力なしにおくことは、これまで数百年かけて積み上げてきた考え方の希釈混乱と、好みに任せた誤った理解に与することに思えてならない。

近年、貴会会員や漢方・東洋医学を理解される方々のご努力で、全国の全ての医科大学で東洋医学の講義がなされ、薬剤師国家試験にも漢方が取り入れられるに至っている。そのような動きをジャンプボートし、さらに情報化時代の漢方・東洋医学について国民に正しく理解され、活用されるための関係者の粘り強い努力が、今日改めて求められているように思う。