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日漢協 ニューズレター 85号

(第29巻 第1号)2012年5月

トピックス


私の健康法/庄山悦彦氏 日立製作所相談役



その昔は草やら虫やら自然の力で健康を保っていました。西洋医学ばかりでなく東洋医学の良さを見直す時だと 思いますね。

プロフィール
昭和11年(1936)新潟県高田市(現上越市)生まれ。新潟県立高田高校、 東京工業大学理工学部電気工学科卒業後、34年日立製作所に入社。 62年栃木工場長、平成5年(1993)常務取締役家電事業本部長、9年 代表取締役副社長、11年代表取締役社長、18年取締役 代表執行役会長、 19年取締役会長、平成21年相談役

主な団体役員
平成17年情報通信審議会会長、19年学校法人ものつくり大学会長、 20年蔵前工業会理事長、21年一般財団法人ファインセラミックセンター 会長、一般財団法人機械振興協会会長、24年公益社団法人発明協会会長
平成15年〜19年日本経済団体連合会副会長
  18年〜20年総合科学技術会議議員



春のこない年はない

モノづくりの技術者として
 「技術の日立」のフレーズで知られる日立製作所に入社以来、技術者としてモノづくりに携わり、7代目の社長として経営に取組んだ。さらには日本経済団体連合会副会長として日本経済の舵取りを担い、そして現在、日立製作所相談役の傍ら、埼玉県行田市にある学校法人ものつくり大学の会長を務め、総長の梅原猛氏らとともにモノづくりのための人材育成に尽力している。
 この春からは発明協会の会長に就任。日本のお家芸と言われるモノづくりに一貫して関わり、さまざまな形での後押しにも余念がない。面倒見の良さにも定評があり、温厚な人柄とも相まって母校(高校および大学)の同窓会の支部長、理事長も務めている。


野菜中心の食事で病気しらず
来年3月に喜寿を迎えるが、生誕以来76年このかた健康に恵まれ、腎結石で入院した以外、さしたる病に罹ったこともない。
 「お医者さんには、昔ならビールを飲んで縄跳びすれば出てくるから、たいしたことはないと言われたのですが、ちょっと痛かったので入院しました。二日間の入院で自然に出てきました。ここまで健康でこられたことについては、まず親に感謝したいと思いますね。でもそれだけでしたらDNAだけになってしまいます。家内が毎日、朝晩の食事に注意してくれ、バランスのとれた料理を作ってくれる。これが一番ですね」
 特別な健康法は行っていないが、食事は野菜が中心で、日々、薬食同源を実践される奥様の内助の功に健康を支えられているという。
 甘辛両党で好き嫌いがなく、お酒も毎晩欠かさない。家では焼酎のお湯割りを1〜2杯飲んでいる。
高麗ニンジンやハチミツなどの摂取も怠らない。週に2〜3日は外での付き合いがあるが、飲めば切りがないので、深酒はしないように心掛けている。
 両親から授かった健康な体と奥様の内助の功、そして自制心、三拍子揃ってこその健康を支えているもう一つの要因は、これも天性かもしれないが、寝床につくと、すぐに眠れるという体質だ。
「眠れないから本を読むと、よく言われますが、1頁か2頁で終わり、何日たってもページが進まない。寝床に入ったら、ばたっと眠れるタイプで就寝時間は11時から12時の間、朝は5時か6時に起床する。

自然の恵みで英気を養う
心配事やストレスには、雪国育ちならではの自然観とリスクマネジメントで対応している。「どんな大雪でも春のこない年はありません。
多少の我慢は必要ですが、必ず春が訪れます。人間は追いこまれると弱い存在だと思っていますから、その前にリスクマネジメントをする癖をつけ、いい意味の時間的余裕を持つように心掛けています」
 生身の人間だからこそ、時折は愚痴を言いたくなる時もある。そんな時は友人とグラスを傾けたり、自然の英気で解消する。
 「家の近くに植物園があるのですが、植物が発する空気で元気をもらっています。思えば子供の頃はミミズを飲まされたり、 煎じたヨモギを飲んだり、火傷の時は何かの草を付けてもらったりしました。草や虫などが病気や怪我をした時によく使われたことを思い出します。
確かに、つくられた物にはいい面と悪い面があります。昨今は技術にもいい面と悪い面があると言われるようになりました。 その点、漢方薬は自然がもとになっていますから体にも優しく、悪い面が少ない。今後は大いに期待されるのではないでしょうか」