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日漢協 ニューズレター 91号

(第31巻 第1号)2014年5月

トピックス


私の健康法  裏千家第十五代・前家元、ユネスコ親善大使  千玄室 氏
動と静の阿吽の呼吸

●一盌からピースフルネスを


「いろんな意味で、私はあらゆる所へ入って行かなければなりませんし、好き嫌いが許されません。人間はみな平等で、差別区別はない。それが茶道の教えです」

プロフィール
大正12年、京都府生まれ。同志社大学卒業後、ハワイ大学修学、韓国・中央大學校大学院博士課程修了。昭和24年、大徳寺管長後藤瑞巌老師のもとで修業得度、斎号『鵬雲斎』。
日本馬術連盟会長、日本国際連合協会会長、ロータリー日本財団理事長、日本オリンピック委員会名誉委員、大阪大学客員教授、中国芸術研究院芸術顧問、中国・天津商業大学裏千家茶道短期大学学長、ハワイ大学教授等 文化勲章受章
千利休を祖とする茶人というよりも、日本を代表する文化人として、国内外でその名はつとに知られる。20歳の時に学徒出陣で海軍予備学生となり、終戦時は海軍中尉だった。所謂、特攻隊の生き残り組として忸怩たる思いを抱き続け、その思いから「一盌からピースフルネスを」の理念を提唱、世界の人々、国々に茶道文化の浸透・発展と平和の心を訴え続けている。
徳島海軍航空隊時代に同期だったのが、水戸黄門役で一世を風靡した俳優の故西村晃さんだ。「死ぬ時は一緒に…」と誓い合った仲だった。彫刻家の流政之さんも同期で、北海道七飯町の流山温泉彫刻公園に、戦没者への慰霊の思いを込めた彫刻「もどり雲」が建ち、2010年に「北海道・函館 平和の祈り」を開催している。
裏千家第15代家元になったのは50年前の1964年、今日庵庵主として千宗室を襲名。2002年に、千宗之氏に家元を譲座し、千玄室大宗匠となる。茶人の傍ら国連総会、米国上下両院議会、ハワイ真珠湾のアリゾナ・メモリアル、ユネスコ本部等で、平和祈念献茶式を執り行うなど、平和の使徒としての活動もめざましい。現在はユネスコ親善大使と日本・国連親善大使の肩書を持ち、文字通り東奔西走している。

●早寝早起き、快食、快便、快眠
昔風に言うと、6尺(180cm) 余の偉丈夫で、最近は少し縮んだとのことだが、卒寿(90歳)を過ぎたとは思えぬほど若々しく姿勢もいい。これまで病気らしい病気をしたことはなく、70歳で切腹した利休一族では最高齢を更新中だ。
「耳がちょっと遠くなったものの、目も歯も全く大丈夫です。歯は差し歯がありますが、自分の歯です。海軍時代、上官に殴られた際、逆に上官の手が切れ、貴様、なんじゃその歯はと言われたことがありました」
小学生の頃はひ弱だった。先代に馬術を勧められ、柔道、水泳にも勤しんだ。中学へ入学してからは身体がめきめき丈夫になり、万能選手に。大学予科では馬術部に入り、その縁で現在は日本馬術連盟会長を務めている。
海軍で鍛えられた不屈の精神と馬術等のスポーツと茶道…、動と静の阿吽の呼吸が元気の基になっている。内臓も丈夫このうえなく、健康の三要素と言われる快食、快便、快眠で、「どこででも寝られます。馬と一緒に寝たこともありました。海外にもよく行きますが、時差も感じませんね」
食生活は若い人さながら、肉が好きで、毎日のように食しているが、食事は粗食を旨とし、酒や煙草は嗜まない。酒豪の多い一族の中で例外的に受け付けない体質という。その分、甘いものには目がない。
誰もが羨むような健康を支えているのは天性と共に自らを律する日頃の心掛けによる。起床は4時、就寝は8時、朝食は6時、昼食は12時、夕食は6時、午後7時以降はいっさい口にせず、朝起きると20分間の柔軟体操も欠かさない。
いわば百薬の長となっているのが緑茶、濃い濃茶を飲んでいる。「母のお腹でお茶を飲んで生まれてきたのです。僕の血は緑です、聖路加の日野原先生にそう言ったら、そうやねと仰っていました」
そもそもお茶は中国から薬として渡来している。栄西の著には「茶は養生の仙薬・延齢の妙術である」とある。「日本人は珈琲などよりも抹茶と番茶をどんどん飲んでほしいですね」