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日漢協 ニューズレター 92号

(第31巻 第2号)2014年9月

トピックス


私の健康法  講談師  神田香織 師匠
漢方薬は気持ちが落ち着きます

●パパンパンだよ、人生は


「講談は勧善懲悪なんです。和田啓十郎のような人が好きですね…。」

プロフィール
福島県いわき市生まれ、福島県立磐城女子高等学校卒業後、東京演劇アンサンブル、渡辺プロダクションドラマ部を経て、神田山陽門下生となる。二つ目以降、講談の新境地を開き、1986年、講談『はだしのゲン』公演で日本雑学大賞受賞、2010年、女性人活動賞「やより賞」・やよりジャーナリスト賞特別賞(大衆普及)受賞。著書に『花も嵐も、講釈師が語ります。』『乱世を生き抜く語り口を持て』『3・11後を生き抜く力声を持て』
高校時代は演劇部に所属し、舞台女優を目指していた。同級生に女優の秋吉久美子がいた。18歳で福島県のいわき市から上京し、劇団民芸の養成所を受けるが、願いは叶わず、東京演劇アンサンブルの養成所に通う。選抜で劇団には残ったものの、鳴かず飛ばずの日々が続いた。
その後、プロダクションに入り、チョイ役などをしている時に、講談師の神田紅さんに誘われて二代目神田山陽師匠に出会い、翌年の1980(昭和55)年に門下生になる。前座修行を終え、二つ目となり、噺家としてスタートラインに立ったのは1984年、真打ち昇進は1989年だった。
講談は修羅場、評定物、世話講談に分類され、他に新作物(新講談)があるが、音響や照明を駆使し、一人芝居の要素を取り入れた独自の講談を次々と発表、講談の新境地を開いている。
「私の代表作は『はだしのゲン』です」と言うように、社会派の講談師として名高い。『チェルノブイリの祈り』『米軍ジェット機墜落事件・哀しみの母子像』などさまざまな作品を世に問い、パパンパンと張り扇を叩き、庶民の怒りを代弁している。
「強きをくじき、弱きを助ける」講談の真骨頂と言うべき作品が『漢方復興物語 和田啓十郎伝』といえるだろう。「明治以降見捨てられてしまった“漢方”を、やはり同じような過去を持つ“講談”で語って欲しい」と、三浦於菟先生から依頼があったのは1999(平成11)年の暮れだった。先の第65回日本東洋医学会学術総会の市民公開講座で公演され、好評を博した。

●子供の頃、いいものを食べさせてもらった
講談師になってから30年の歳月が過ぎた今、落語、浪曲と並ぶ三大話芸の一つである講談の師匠として、そして、3.11後のふくしまを支援するNPO法人の理事長として多忙な日々を送る。この間、2001年の参議院選挙に出馬し、次点に泣いたこともあったが、病気らしい病気に罹っていない。食べ物にも好き嫌いがなく、健康に恵まれている。
「子供の頃、いいものを食べさせてもらったからではないでしょうか。家が農家でしたから、有機農業の野菜、生みたての卵、海のものも新鮮でした。野菜と魚は物々交換、昭和30年代のいわきはお金がなくても生きていける時代でしたね。間違ったものを食べていないのが今に繋がっていると思います」
健康を保つために行っているのは、食の面では野菜の摂取。「その時期時期の野菜をたくさん食べるようにしています。今時分なら茄子、トマト、カボチャ、獅子唐、なかでもピリッとしたものが好きです」
体を動かすことにも余念がない。一日おきに筋トレに通い、時間がある時は、朝晩、近所を歩く。「以前はスポーツジムに通っていましたが、筋トレは30分程で済み、手軽でとてもいいですね。」
現在、講談教室を開いており、そこで行う発声練習が健康にいいそうだ。「10分から15分、丹田から声を出します。100mを全力で走ったほどのエネルギーを使うらしく、これが健康の基になっているようです」
薬は飲まない主義だが、風邪を引きそうになると 根湯を飲む。熱が出たら、卵酒で汗を出すようにしている。「昔、曾おばあちゃんが薬草を煎じていて、確か、婦人薬で遠くからもらいに来る人がいました。漢方は気持ちを落ち着ける作用があると思います。多くの方が漢方薬の良さを知ってくれるといいなと思いますね。」