漢方が、あなたのためにできること
第14回 日漢協・市民公開漢方セミナー 2011年11月28日(月)横浜朱雀漢方医学センター 熊谷由紀絵 先生
「いまさら漢方」のその理由
近年は医学とともに薬の開発も進み、さまざまな薬が病院で処方され、薬局に並べられています。薬に近い成分を含んだドリンク剤などは、コンビニでも手に入れることができるようになりました。「これだけの種類があるのに、なぜいまさら漢方なの?」と首をかしげる方もいらっしゃるでしょう。 実はふだん私たちが手にしている薬(西洋薬)は、「治療するターゲット」を絞り込んで化学的に合成されたもの。「強力に炎症を抑える」「菌などを殺す」「不要なものを排出させる」といった作用が得意で、ウイルスや細菌に感染したときに使用する抗生物質のように悪い部分を徹底的に治すことが可能です。難しい病気に対しても出番が多く、薬だけで治るケースも増えてきました。 しかし、ターゲットを絞り込んで治療するという性質上、原因がはっきりしない不調には手の打ちようがないというデメリットもあるのです。また、効果が強いぶん副作用も強く現れ、身体を傷めつけてしまう危険も併せ持っています。しばしば副作用が問題になる抗がん剤は、その代表例と言えるでしょう。一方、東洋医学では西洋医学のような局所の治療ではなく、「体や心のバランスの乱れが病気を引き起こしている」と考え、バランスを整える治療で症状を改善します。「個々の弱い部分」を補って身体を守り、丈夫にしていくというアプローチが、漢方の特徴です。 こうした特徴をよく表しているのが、「虚・実」という漢方特有の体質の分け方です。「虚証」は文字通り病後で体力が低下した状態や虚弱体質のこと。一方「実証」は体力が充実した状態の人を指します。虚証よりも実証のほうがいい印象を受けるかもしれませんが、実は実証の場合は身体に不要なものまでためこんでいて、虚証とは別の意味でバランスを崩しています。 漢方が理想とするのは「中庸(=中間)」。弱いものに働きかけて補い、強すぎるものは抑えて中庸に持っていく。ちょうど真ん中がいい――というのが漢方のポリシーなのです。
複数の生薬を組み合わせた薬

それぞれの得意分野を生かす
漢方を使うとさまざまな症状を改善することができますが、今回は「現代人のストレス」にポイントを絞って治療を考えてみましょう。人間は年齢性別を問わず、多少のストレスを抱えて生きています。ストレスがかかった状態というのは、外側から押されてへこんだボールのようなもので、通常は元に戻りたいという力が内側から働き、へこみを跳ね返してしまうことができます。しかし現代人の場合、取引先からのクレーム、利きすぎるエアコン、長時間の立ち仕事、デスクワーク、テクノストレス、仕事への不満、社内の人間関係のゴタゴタ、昇進転勤に伴う不安など、たくさんのストレスがあり、あちらこちらから圧力がかかるので、へこみは元に戻る暇がありません。その結果、心だけでなく身体にも症状があらわれてしまうのです。 こういった状況になった時に利用できる西洋薬はほとんどなく、漢方の出番になります。同じストレスがふりかかっても、今度は「よしがんばるぞ」と前向きに考えられるようになるために、漢方を上手に利用してみましょう。【ストレスに対する漢方の処方例】
■腹痛がある
安中散:胃が痛い人向けに昔から使われている処方(虚証)
大建中湯:腸が痛い人向け(虚証)
桂枝加芍薬湯:下痢傾向。過敏性腸症候群の人(虚証)
補中益気湯、六君子湯:ご飯が食べられない人(虚証)
■胸焼け
茯苓飲:(虚証)
半夏瀉心湯(実証)
■イライラ感が強い、不眠
柴胡加竜骨牡砺湯
抑肝散
加味逍遙散:わけもなくイライラする。更年期の精神症状など
半夏厚朴湯:ストレスでのどが詰まったような気がする、胸が苦しくなるなど
江戸時代の儒学者、貝原益軒は、人生40年といわれた時代にもかかわらず84歳の長寿を全うした人です。益軒は自著『養生訓』の中で、「病なき時、かねてつつしめば病なし。病おこりて後、薬を服しても病癒えがたく、癒ゆることおそし」と記しています。これは「病気ではない健康な時に自分自身をつつしんで養生をしなさい。そうすればずっと健康でいられます。具合が悪くなってから慌てて治療しようと思っても難しいですよ」ということ。普段の生活習慣こそ健康の原点だと説いているのです。 世の中に薬があふれている昨今、「具合が悪くなったら薬を飲めばいい」などと考えてしまいがちですが、薬を飲む前に自ら健康に気をつけて中身を強くすることで、ストレスに打ち勝つことができるのではないでしょうか。 健康の基本は「食欲」「睡眠」「便通」の3つ。中でも最も大切なのは食欲、つまり食養生です。食養生のポイントをまとめました。
若い女性に冷え性が多いことはよく知られていますが、実は男性にも増えています。ただし男性の場合、自覚症状が乏しく、冷え性に気づいてない人がたくさんいます。腰痛、神経痛があってお風呂で温めると楽になる場合は、冷えの可能性があります。
旬の食材を使った食事をとりましょう
近年は農業技術の進歩でビニールハウスなどを利用して本来の旬以外の季節でも栽培や収穫をすることが可能になっています。夏野菜であるはずのトマトやキュウリが一年中スーパーの店頭に並んでいる光景も珍しくなくなりました。ただ、やはり本来は夏が旬であるはずの夏野菜は、夏にとることで体温を調節できるもの。できるだけ本来の旬に忠実に、食材を選びましょう。水分の多いもの、冷えるものは控えめに
からだを温める食材、冷やす食材などを表1にまとめました。世の中は本当にうまくできていて、主食として摂る機会の多いお米は、温めも冷やしもしません。多く摂っても、影響を与えないようになっているものなのです。からだを冷やす食材の代表は、柿。パイナップル、バナナ、マンゴーといった南方系の果物は夏ならいいのですが、冬に摂るには適していません。また、冬は暖房を利かせていると、アイスクリームのような冷たい食べ物をついついとりたくなるものですが、冷え気味の人は避けたいものです。のども渇きますが、これは夏のように汗をかいて渇いているわけではなく、空気が乾燥しているから。このような状態の時にペットボトルの飲み物をがぶがぶ飲めばからだを冷やしてしまいます。のどがカラカラの時にはうがいをして潤してください。お茶を使ってうがいをするのもいいでしょう。冬はつねにからだを温かい状態に保っていれば、風邪をひきにくく体調も維持しやすくなります。若い女性に冷え性が多いことはよく知られていますが、実は男性にも増えています。ただし男性の場合、自覚症状が乏しく、冷え性に気づいてない人がたくさんいます。腰痛、神経痛があってお風呂で温めると楽になる場合は、冷えの可能性があります。

朝ご飯は抜かずにしっかり食べましょう
朝食を抜いてしまうと、からだは10時間以上エネルギー補給がない絶食状態が続き、身体的な疲労だけでなく精神的な疲労もたまります。その結果、エンジンがかかりにくくなり、仕事の能率は低下してしまいます。また朝食を抜けば痩せられると考える人がいますが、逆に脂肪が燃焼しにくくなるので太りやすくなり、さらに消化管のリズムが乱れて便秘をしやすくなるなど、いいことはありません。漢方を味方につけるには

ただし漢方をより効果的に利用するためには、漢方の弱いところも知っておく必要があります。まず、高血圧や高脂血症、糖尿病といった生活習慣病は、漢方単独では治療が難しいということ。西洋薬と組み合わせて使うことがほとんどです。腫瘍などのできものや、組織や骨の変形自体を治す治療にも適していないので、手術などの外科治療を優先します。しびれや痛みといった症状を緩和することは可能です。ぜんそくの急性発作、重症の呼吸器疾患などの場合には漢方だけでは難しいでしょう。
なお副作用は少なめとはいえ、ゼロではありません。とくに体質の見極めはむずかしいため、薬が合わないこともあります。またたくさん飲めば副作用を引き起こす原因になるので、適正な量を飲むようにしてください。
漢方薬は薬局で簡単に買えるようになりましたが、自分で選ぶ方法はお勧めしません。自覚症状だけで漢方薬を選ぶのはとても難しく、仮にその時に体調に合った漢方が見つかったとしてもずっとそのままでいいわけではありません。人間のからだは年齢、季節、ストレスのかかり具合などによって変わっていくため、漢方薬の種類もそれに合わせて変えていく必要があるからです。
また、漢方薬を飲みはじめたあとに体調が悪化したとき、漢方薬が合わなかったのか、あるいはその漢方薬が効果を発揮する際に一時期悪化する「好転反応」が起きているのか、一般の人には判断がつきません。 漢方の良さを実感するために、専門の知識を持った医師や薬剤師と二人三脚を組むことをお勧めします。
コラム 便秘を漢方で改善する
「快便」は、食事、睡眠と並ぶ健康の基本。しかし便秘に悩む女性は多く、便秘薬が手放せなくなっている方も多いのではないでしょうか。市販されている便秘薬のほとんどに含まれているのが、「センノシド」。センノシドは漢方薬にも使われる「大黄」という生薬の成分で、腸を冷やして刺激することでお通じを促す作用があります。そのため、もともと冷え気味の人が飲むとさらに腸を冷やすことになり、おなかが痛くなる、快便を通り越して下痢をするなど不具合が生じることも少なくありません。また、飲み続けるうちに刺激に慣れ、量を増やさないと出なくなってしまうこともあるのです。 実はこんな人にこそ活用してほしいのが、便秘に効果のある漢方薬です。漢方薬は複数の生薬成分で構成されているため、冷やして刺激する成分が少なめでも効くように工夫されています。以下のようにさまざまな配合の漢方薬があるので、体質や便秘の状態など自分に合ったものを医師に選んでもらうといいでしょう。■桂枝加芍薬大黄湯=おなかを温めながらお通じをつける。
■麻子仁丸=植物油の成分が入っているので、腸の中に油の成分をなじませておいて、便をスムーズに通過させる働きがある。おなかが痛くなることは少ない。
■大建中湯=おなかが張っている、あるいはお通じがついているものの出きらない時に適した漢方薬。