漢方ですこやかに〜毎日を楽しく健やかに過ごすために〜
第28回市民公開漢方セミナー 2025年11月28日(金)
漢方ですこやかに
〜毎日を楽しく健やかに過ごすために〜
ラファ・クリニック 院長 正木 稔子 先生
■診療現場で感じたある違和感と漢方医学の役割
私は大学卒業後、大学病院の医局に入局し、7年目からクリニックで診療を続けてきました。2022年には東京都調布市で「ラファ・クリニック」を開院しました。現在は院長として、西洋医学による一般診療に加え、漢方診療を行っています。地域柄、小児の患者さんも多いため、小児耳鼻咽喉科も掲げています。クリニックでは患者さんが安心して話せる空間づくりを大切にしています。診察では、症状だけでなく、その方の生活背景や日々の過ごし方にもできるだけ耳を傾けるようにしています。
クリニック勤務で診療をしているとき、診療を続ける中で、ある違和感を抱くようになりました。毎月風邪をひき、そのたびに薬を処方しなければならない患者さんが少なくないのです。しかし、「毎月のように風邪をひき、薬を飲まなければならない状態」は、本来どこかで立て直せる余地があるのではないかと感じていました。
実際に患者さんの話を聞くと、睡眠時間が短い、慢性的な疲労がある、仕事や家庭で強いストレスを抱えているといった共通点が見えてきます。こうした背景をそのままにしていては、同じ不調を繰り返す悪循環から抜け出せません。
こうした違和感を突き詰めていった結果、行き着いたのが漢方医学でした。ここで誤解してほしくないのは、「西洋医学が悪い」という話ではありません。西洋医学は救命医療や急性期医療において、計り知れない力を発揮します。実際、私自身も日常診療では西洋医学を基盤として診療しています。
ただ、西洋医学には「病気になる前の段階」にフォーカスする考え方が、あまり組み込まれていません。一方で漢方医学は、そもそも病院も抗菌薬も存在しなかった時代に成立した医学です。そのため、病気になってから治療する医師は「下医」、病気を未然に防ぐ医師こそが「上医」とされていました。
現代医療はどうしても「病気が起きてから対応する」ことに重点が置かれがちです。それはもちろん大切なことですが、日々の食事や生活習慣、睡眠といった、日常の中でできることにもっと目を向けてもよいのではないでしょうか。漢方医学は、その重要性を何千年も前から教えてくれていました。
■漢方医学の起源と日本での発展
漢方医学の起源は、紀元前数千年にさかのぼるとされています。その象徴的な存在が「神農」です。神農は草木を自ら口にして薬効を確かめ、効果や毒性を記録したと伝えられています。ある時、毒草による体調不良を、偶然口にした茶の葉によって回復したという逸話があり、これがお茶、ひいては中国医学の始まりとされています。
漢方医学には「三大古典」と呼ばれる重要な書物があります。
一つ目が『神農本草経』で、薬草の効能をまとめた薬物学の書です。
二つ目が『黄帝内経』で、皇帝と医師の問答形式で人体の仕組みや病気の理論を記した医学理論書です。
三つ目が『傷寒論』で、急性の発熱性疾患、現在で言う感染症の治療原則が詳細に記されています。
漢方医学を学ぶ医師は、これらの古典を学びます。何千年も前に書かれた内容であっても、現代医療に通じる本質が詰まっているからです。
漢方医学が日本に伝来したのは飛鳥時代頃とされています。遣隋使や遣唐使として大陸へ渡った僧侶たちが、政治や文化とともに医療を学び、日本へ持ち帰りました。
当時、僧侶は人々の心身の悩みに寄り添う存在でした。病気に苦しむ人々の相談を受ける中で、大陸で学んだ医療を実践し始めたことが、日本における医療の原点です。寺院で医療が行われたことが、日本医療の始まりだといわれています。
その後、室町時代に民間へ広がり、江戸時代には鎖国政策のもとで独自の発展を遂げました。海外からの影響が限定されたことで、日本独自の漢方医学が洗練され、成熟していったのです。
江戸時代には、落語や浮世絵、歌舞伎など、現在「日本文化」と呼ばれている多くのものが花開きました。その中の一つが医療です。この時代、日本の医療は独自の発展を遂げました。
一方で、同じ江戸時代後期には西洋から「蘭学」が入ってきます。医学の分野では、これが西洋医学にあたります。そうなると、それまで連綿と受け継がれてきた日本の医療と、西洋から来た医学とを区別する必要が出てきました。そこで、西洋由来の医学を「蘭学」と呼び、それまでの医療を「漢方」と名付けられました。「日本漢方」とも言います。つまり、漢方はこの時点で既に“日本の医学”なのです。「漢」という字は当時、大陸を指す言葉でした。大陸から伝わり、日本で育まれ、洗練された医学、それが漢方医学です。
中国では「中医学」とよばれます。日本の漢方とは考え方や診断の重視点が異なります。
例えば中医学では脈診を重視します。一方、日本漢方では江戸時代に発展した腹診を重視します。日本人はストレスがかかるとお腹に力が入りやすい傾向があるようです。腹部を診ることで、性格傾向や精神的負荷の強さまで読み取れることがあります。日本漢方では、この腹診が処方決定の重要な判断材料になります。ほかにも違いはありますが主な相違点を述べました。
明治維新以降、日本には西洋医学が本格的に導入され、医学部では西洋医学のみが教育されるようになりました。その結果、漢方は一時「医療の表舞台」から姿を消します。しかし、一部の先人達により脈々と受け継がれました。そして現代では、漢方薬が保険適用となり、医師が処方できるようになったことで、現在の診療に再び組み込まれるようになったのです。私たちが日常診療で漢方を使える背景には、こうした歴史があります(図1)。

図1 日本医療の歴史
■西洋医学と漢方医学、それぞれの強みを生かす医療

図2 健康・未病・病気における
漢方医学と西洋医学の役割
重篤な病気や急性期疾患では西洋医学が最適である場面が多いです。一方で、検査をしても異常が見つからないのに症状がある状態や、「未病」と呼ばれる「病気ではないが健康でもない」、このグレーゾーンにいる患者さんは非常に多く、漢方医学はそうした状態にアプローチする力を持っています。必要に応じて、西洋薬と漢方薬を併用することもあります。両者は競合するものではなく、補完し合うものと考えています。
健康維持のために最も大切なのは、生活の整え方です。食事の内容、睡眠時間、睡眠の質、日々の過ごし方。これらを整えることこそ、古代に「上医」と呼ばれた医師たちが重視していた医療の本質です(図2)。
漢方薬の名前は一見難しく見えますが、実は処方名を見ることで、どの生薬が含まれているか、どのような状態を想定しているかなどが、ある程度分かるようになっています。例えば「補中益気湯」は「お腹(中)を補い、元気を益す」薬です。「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」は、当帰をベースにした手足の冷えを伴う症状(四逆)を改善する薬に、呉茱萸、生姜を加えたという名前になっています。
古くから漢方薬は、生薬を煎じて飲む形が基本とされてきました。香りが豊かで、処方の持ち味を感じやすい反面、準備に手間がかかります。現在広く使われているエキス製剤は、これを飲みやすくしたものです。私はよくコーヒーに例えます。煎じ薬はドリップコーヒー、エキス製剤はインスタントコーヒーです。薬の特徴と患者さんの体質や生活に合わせて選ぶことが大切です。
■風邪やインフルエンザへの向き合い方―漢方医学の視点から
漢方薬でよく知られている「葛根湯」についてお話しします。葛根湯は、葛根をはじめ、麻黄、大棗(なつめ)、甘草、桂皮(シナモン)、芍薬、生姜と身近な生薬で構成されています。
これらは決して特別な薬草ではなく、食材や香辛料としてもなじみのあるものばかりです。
「麻黄」は、人によっては動悸が出たり、目が冴えて眠れなくなったりすることがあります。
そうした方には、麻黄を含まない処方を選ぶことで対応できます。
漢方医学の考え方で大切なのは、「病名」ではなく「状態」を見ることです。西洋医学では、インフルエンザかどうかを検査で確認し、病名に応じた薬を使います。一方、漢方医学では、原因となるウイルスが何であっても、「寒気が強い」「体が痛い」「ぞくぞくする」といった体の反応を重視します(図3)。

図3 西洋医学と漢方医学のアプローチの違い
風邪の初期、寒気や首・肩のこわばりを感じた段階で対応できれば、症状をこじらせずに済むことが多いのです。この段階では、体をしっかり温め、汗をかくことが重要です。温かい食事をとり、湯船に浸かり、布団に入って休む。これだけで軽い風邪は自然に回復することも少なくありません。医学部ではこうした生活指導を詳しく教わることはありませんが、漢方医学の古典には「よく温まり、汗を出すこと」など生活指導も含めて記載されています。
また、感染症にかかるかどうかは、外から来るウイルスだけでなく、体の「免疫力」に大きく左右されます。睡眠をしっかりとること、体を冷やさないこと、特に足元・首・手首といった「冷えやすい部分」を守ることが大切です。ストレスや疲労も血流を悪くし、免疫力を下げる要因になります。
漢方医学では、風邪やインフルエンザのような急性の感染症を、進行段階ごとに細かく観察してきました(六病位)。初期は体の表面に症状が出ますが、対応が遅れると次第に体の内側へと入り込み、食欲不振や強い倦怠感が出てきます。風邪やインフルエンザは早期である(太陽病~陽明病)への対応が重要です。さらに、もともと冷えやすい体質の方では、発熱が目立たないまま重症化することもあります。これらの病期によっても漢方薬を使い分けています(図4)。

図4 漢方医学における病期の分類、六病位
こうした違いを理解していると、自分の体の変化に早く気づき、適切な対処ができるようになります。病名がつかなくても、「今の自分はどんな状態か」を意識することが、漢方医学の大きな特徴です。風邪やインフルエンザは、決して特別な病気ではありません。だからこそ、日々の生活習慣や体の声に耳を傾けることが、何よりの予防であり治療になると考えています。
■早めの対応が鍵―コロナ後不調と風邪の漢方治療
新型コロナウイルス感染症のあと、だるさが長く続くと、いわゆる「ブレインフォグ」と呼ばれる思考のもやもや感に悩まれた方は少なくなかったのではないでしょうか。実は、こうした症状も、風邪やインフルエンザと同じ延長線上で捉えることができ、漢方薬で改善されるケースを臨床でよく経験します。
漢方医学では、先程述べたように、原因となるウイルスの種類よりも、「今、体がどんな状態か」を重視します。そのため、新型コロナ後の倦怠感や集中力低下も、「風邪が完全に抜けきらず、体のバランスが崩れた状態」と捉え、対応していきます。
では、具体的にどのような漢方薬を使うのでしょうか。よく知られている葛根湯や、麻黄を含まない桂枝湯、また高熱や強い痛みを伴う場合には麻黄湯などが代表的です。インフルエンザで39〜40℃の高熱が出て、全身の痛みが強い場合には、麻黄湯が適することがあります。
一方で、同じ「風邪の初期」でも、寒気が強い人と、体がほてって暑いと感じる人がいます。寒気が強い場合は葛根湯などが合いますが、体が熱くて汗が出るようなタイプでは、別の処方を選ぶ必要があります。また、もともと冷えやすく、高熱が出にくい方では、微熱と強いだるさが続くことがあり、体を内側から温める処方が役立ちます。
大切なのは、とにかく「早く対処すること」です。外来で「寒気はありますか?」と聞くと、「外が寒いから分からない」と言われることがありますが、これは立派な寒気です。ゾクッとした瞬間がサインです。その時点で葛根湯などを温かいお湯で飲む。それだけで悪化を防げることが少なくありません。私は、風邪薬は“症状が出たらすぐ使えるよう、常に手元に置いておく”ことを勧めています。
風邪を放置することのリスクは、次の段階へ進んでしまうことです。特に高齢の方では、肺炎につながることがあり、これは決して軽視できません。だからこそ、「様子を見る」よりも「早く手を打つ」ことが重要なのです。
発熱についても、誤解が多いところです。熱は、体内で免疫を働かせ、ウイルスを排除しようとしているサインです。むやみに解熱薬で下げると、回復が遅れることもあります。
ただし、40℃近い高熱でつらい場合や、小児で熱性けいれんのリスクがある場合など、下げるべきタイミングもあります。解熱薬は適切な場面で使う薬だと考えてください(図5)。

図5 発熱は免疫力を高める
漢方医学では、発熱は「汗とともに邪[病気の原因]を外へ追い出す過程」と捉えます。体力がある人であれば、軽く体を動かして汗をかくのも一つの方法です。ただし、喉の強い炎症や扁桃炎などが疑われる場合は、自己判断に頼らず、必ず医療機関を受診してください。
予防の基本はとてもシンプルです。手洗い・うがいなど外からの侵入を防ぐことに加え、自分の体を強く保つこと。体を冷やさない、湯船に浸かる、しっかり眠る、ストレスを溜めすぎない。これらを日常的に続けることが予防策になります。
また、鼻水や鼻づまりに対しては、薬だけでなく「ツボ」を使うこともあります。鼻の症状が強いときに特定のツボを押すと、強い痛みを感じることがあり、そこを刺激することで楽になる方もいます(尺沢や太淵など)。花粉症の時期にも応用できる方法です。
■養生とは
最後に、「養生」という考え方について触れておきます。養生とは、いわばセルフケアの原点です。江戸時代の名著『養生訓』(貝原益軒著)には、「人は親から体を受け、天から役割を授かって生きている。その役割を全うするために、自分の身を大切にしなさい」という趣旨が序文に書かれています。
健康そのものが目的なのではありません。何のために生きるのか、その役割を果たすための“手段”として医療やセルフケアがあります。情報があふれる現代だからこそ、「何のために健康でいるのか」を見失わないことが、最も大切なのだと教えています。
また、「無病の時こそ病を思え」という教えもあります。病気になってから薬を飲んだり治療を受けたりするよりも、病気にならないよう日常生活を整えることのほうが、はるかに重要だからです。実際、無病の段階で自分の体をケアしようと行動している方は、それだけで大きな一歩を踏み出していると言えるでしょう。
養生の基本は、「好き放題をしない」ことです。飲酒、インスタント食品など、偏った食生活を漫然と続けていれば、体はダメージを受けます。食事では、炭水化物・たんぱく質・脂質のバランスを一度立ち止まって考えてみてください。「何を選ぶか」を意識することが大切です。考える姿勢そのものが養生につながります。
さらに、「養生の術は、まず我が身を損なうものを去るべし」とあります。身を損なうものには、内欲(感情)と外邪(外的要因)と解説されています。
感情に喜怒哀楽はあって当然ですが、問題となるのは「過剰」です。喜びすぎる、悲しみすぎる、感情がジェットコースターのように大きく揺れる状態は、体を消耗させます。感情をゼロにする必要はありませんが、振れ幅を小さく保つことが重要です。
外邪とは、気候や環境など外から受ける影響です。たとえば冬であれば「寒邪」(寒さ)を避けることが大切で、衣服で体を冷やさない工夫が基本になります。筋肉量を増やすことは体温を上げ、外邪に対する抵抗力を高めますが、これは一年を通した取り組みが必要です。
Q1. 漢方医学が得意な疾患はありますか。
A1. 漢方医学がとくに力を発揮するのは、先述した未病になります。検査でいうと「数値に出てこない不調」です。冷え、倦怠感、PMS(月経前症候群)、更年期症状などは、検査値だけでは評価しきれないことが多く、症状と生活背景を含めて診る漢方の得意分野です。Q2. 漢方薬は「長く飲まないと効かない」のでしょうか。
A2. 「漢方薬は長期服用しないと効かない」というイメージを持たれがちですが、これは誤解です。急性疾患、たとえば風邪や感染症では速効性のある処方も多くあります。とくに、こむら返りに用いる芍薬甘草湯などは、非常に速やかに効果を示します。一方、慢性疾患は長い時間をかけて形成された不調であるため、改善にも時間がかかります。これは西洋医学でも同じです。症状の経過や性質に応じて考える必要があります。
Q3. 月経関連の症状に悩まされています。どのように対処すればよいでしょうか。
A3. 月経関連症状については、婦人科で明らかな器質的疾患が見つからない場合でも、漢方治療で改善する例が少なくありません。とくにPMSに伴う強いイライラなどは、家庭生活にも影響を及ぼします。ぜひ漢方内科を受診していただきたいと思います。Q4. 家族や知人からこの漢方薬が効いたからと勧められたのですがよいでしょうか。
A4. 漢方治療では、「同じ病名=同じ薬」という考え方にはなりません。たとえば高血圧一つをとっても、その背景にはさまざまな原因があります。その見極めには、漢方医学的な診断や、生活環境の把握などが不可欠です。例えば葛根湯などの幅広い症状に対応できる漢方薬であれば問題ない場合もありますが、家族や知人に勧められた漢方薬を安易に服用するのではなく、必ず専門家に相談してください。同じ家族であっても、体質や環境は大きく異なり処方が変わることも十分に考えられます。Q5. 複数の症状がある場合、どのように考えて処方を選ぶのでしょうか。
A5. たとえば風邪やインフルエンザでも、同じ病名であっても、同じ人がかかっても、毎回まったく同じ症状になるとは限りません。漢方医学では、「複数の症状がどこから生じているのか」を重視します。つまり、症状の数ではなく、体のどこに偏りが生じているかを見るのです。漢方医学的診断で、その偏りを見極め、一番大きな乱れを整える処方を選びます。そうすると、結果として複数の症状がまとめて改善していくことが少なくありません。Q6. 現在、漢方薬を服用しています。調子が良くなってきた場合、回数を減らしたり、自己判断で中止したりしてもよいのでしょうか。
A6. 症状の性質によって異なります。インフルエンザなどの急性疾患で39℃前後の高熱が出ている場合は、「いつまで・どの頻度で・どの状態で中止するか」を明確にお伝えします。高熱時の服用方法や、回復の目安を基準に、指示通り服用していただくことが大切です。
一方、慢性的な症状では考え方が異なります。漢方薬で比較的早く症状が改善すると、「このまま続けたい」と感じることがありますが、これは体がその薬を必要としているサインと捉え、無理に中止せず継続します。ただし、状態が安定してくると自然に飲み忘れが増えることがあります。漢方薬は体の変化を実感しやすいため、必要性が下がると間隔が空いてくるのです。この段階では、フェードアウトするように減らしていくのが一つの目安になります。回数を減らして症状が戻る場合は、まだ継続が必要なため、元の回数に戻します。
漢方薬も、副作用が出ることもあります。急性疾患では「指示通りきちんと」、慢性疾患では「体の反応を見ながら調整する」ことが基本です。不安があれば、自己判断せず医師に相談してください。