もう生活習慣病に負けない!

日本大学医学部付属板橋病院東洋医学科 木下 優子 先生

第6回 日漢協・市民公開漢方セミナー 平成15年4月16日(水)

はじめに

 平成13年の厚生労働省のデータでは、日本人男性の平均寿命は78.07歳、女性は84.93歳で、あいかわらず日本は世界でトップの長寿国です。このような長寿社会では、その長い人生をいかに健康に生きるかということが重要な問題になってきます。たとえ長生きはしても、寝たきりでいたり病気を抱えているのでは長寿の喜びも半減してしまいます。健康な状態で長寿をまっとうする、すなわち「健康寿命」を送ることが、一番望ましいのです。
 健康寿命の大敵は、生活習慣病です。生活習慣病は、じわじわと時間をかけて身体をむしばむので、長生きをするほど重症化していき、複雑で治りにくい病的な状態をつくっていきます。
 こうなる前に生活習慣を改め、生活習慣病のない健康寿命を送るために、この冊子がお役に立てれば幸いです。

サイレント・ディージーズ、生活習慣病の恐怖

はじめはおとなしく、あとで怖い病気

 生活習慣病は、日常生活によって引き起こされる疾患をまとめた呼び名で、ひとつの病気を指すものではありません。主な生活習慣病には 表1のようなものがあります。
これらの疾患に共通するのは、はじめはほとんど症状がなく、本人も気が付かないうちに病気が進行する点で、「サイレント・ディジーズ」(静かな疾患)と呼ばれます。そして、生活習慣病に気がついた時には、病状がかなり進行しているのです。特に、糖尿病、動脈硬化、高血圧などは最初はほとんど症状がなく、そのまま進展すると生命さえも脅かすサイレント・ディジーズの代表とさえいうことができます。

生活習慣病を放置すると・・・

 生活習慣病が進行すると、神経や血管やホルモン分泌やエネルギー代謝などに以上が起こり、それらの以上が複雑に影響しあって、図1のような症状に苦しむことになります。
寝たきりはほとんどの生活習慣病が最終的に到達する病状で、本人だけでなく介護する周囲の人や社会経済への負担も大きく、厚生労働省がその軽減に苦慮している問題です。
痴呆は脳梗塞や脳卒中の後に起こりやすいものですが、その背景には動脈硬化、高血圧などが関わってきます。

健康寿命を延ばそう

 こうした症状を抱えた人生では、寿命が延びてもあまり喜ばしいことではありません。そこで近頃は、「健康寿命」ということがいわれています。
健康寿命とは、健康で活動できる期間のことです。ただ単に寿命を延ばすのではなく、この健康寿命を延ばすことが価値のあることだという考えで、そのためには生活習慣病を未然に防ぐことが大事だと言われるようになってきたのです。
【コラム】 あなたの生活習慣病危険度チェック
 生活習慣病の原因は、文字通り生活習慣、つまり食生活、飲酒、喫煙、運動、住環境などの偏りにあります。下の表の項目は、そのような生活習慣の偏りを知るための項目です。当てはまる項目が多いほど危険度が増し、4つ以上になったら特に要注意です。
生活習慣チェック
食事にかける時間がもったいない
ご飯はほどんど鵜呑み
昼はつい、ファーストフードで済ませてしまう
睡眠は不規則だ
夜型だ
疲れていると、タクシーに乗ってしまう
歩くのは苦手だ
健康にはなりたいが、食事を我慢したり、毎日運動したりするのは難しい

健康寿命を延ばす知恵 ―養生―

数千年前から健康寿命に注目していた東洋医学

 生活スタイルに注意して、生活習慣病を未然に防いで健康寿命を延ばそうという考えは、西洋医学ではつい最近の考え方ですが、東洋医学ではすでに数千年前から同様のことが言われてきました。 東洋医学では未病、すなわち病気になる前の段階で患者を健康な状態に戻すことが最も優れた医療と考えます。そしてそのためにはまず、生活習慣を整える「養生」に人を導くことが重要とされています。まさに生活習慣病の予防にぴったりの考え方と言えます。
【コラム】 昔からの知恵:素門
 今から約2000年前にまとめられた「黄帝内経・素問」は、漢方治療の基本理念をまとめたすぐれた書物として知られています。この素問には、節度ある飲食、過度の欲望を持たない、ほどよく身体を動かす、質素な食事と衣服で暮らす、自然なままの生活を送る、という養生の心得が書かれています。これらはまさに生活習慣病の予防に適した考えです。生活習慣病の予防に漢方が見直されているのは、こうした考えが基本にあるからと言えます。
 素問には何事にも無理をしないで、中庸を心がけることで、寿命を延ばすことができると述べられています。最近科学的にも人間の本来の寿命は100歳くらいということがいわれるようになっています。それが2000年以上も前の書物で指摘されていたことは驚きです。

養生の実践 -食事-

 具体的な養生の実践方法をみていきましょう。
食事については、粗食が寿命を延ばすと素問では説いています。表2 の食事チェックでみなさんの食事の内容を見直してみましょう。肉や卵、揚げ物、炒め物、洋食は養生にはあまり適していません。育ち盛りの年代は別として、和食を基本にした、野菜中心の低カロリー食が理想です。
 肉、魚、大豆製品、卵はいずれもタンパク質ですから、このうちどれか一品をとれば十分です。中でも肉は、コレステロールや脂質が多いので、ひかえめにし、魚や大豆製品を多く食べるようにしたいものです。
また、毎日砂糖のたくさん入った甘いものを食べるのも危険です。甘味はかぼちゃやさつまいもなど、自然の甘さでとるようにしましょう。
あとは、ゆっくり食べてしっかり噛むことをこころがけることで、養生の実践になるのです。
和食は長寿食
 和食は脂肪、特に老化を早める飽和脂肪酸とコレステロールが少なく、タンパク質源は大豆などの植物性か、もしくは脂肪の少ない魚が中心です。また、食物繊維、抗酸化物質が多いという、生活習慣病の予防には最適の食事と言えます。

養生の実践 -運動-

 最近、運動の重要性が科学的にも指摘され、生活習慣病の予防や治療には運動療法は欠かせないものになっています。
 この運動も、東洋医学では養生の基本として古くからとりいれられてきました。運動といっても難しいものではありません。毎日30分以上歩くようにするだけで効果があります。また忙しくて30分も歩けない、という場合は深呼吸やストレッチをするだけでも身体は違ってきます。また、たまには腹の底から大声を出すことも、身体をリラックスさせる効果があります。これなら、仕事や家事の合間に簡単にできます。
 養生で言う運動の目的は、身体を鍛えることではなく、心身のリラックスと生命活動のバランスを整えることにあります。週に1回運動ジムでトレーニングすることよりは、毎日すこしでも身体を動かすことを続けるほうが、養生には適しているのです。

養生の実践 -日々の暮らし方-

 養生の基本は、自然界の動きに逆らわずに、そのエネルギーを上手に取り入れることにあります。人間は、夜寝る生き物です。その大原則を狂わせないように、夜は遅くても12時前には寝るようにしましょう。
 また、つまらないことにイライラせず、ストレスを貯めないようにすることも大切です。そのためには、趣味を持ったり外の風景をながめたり、式を感じるゆとりを持つことも効果的です。
四季を感じていますか?
 養生では、季節を重視します。季節は自然界のエネルギーの流れの変化であり、その変化に合わせて我々人間も生活スタイルを変えていく必要がある、というのが養生の考えです。四季の養生を簡単に紹介します。現代社会ではすべてを実践することは難しいかもしれませんが、少しでも四季を感じてこうした生活スタイルに近づこうと心がけるだけでも意味があります。
●春の養生
生命エネルギーがあふれている季節。朝は早く起きて、散歩などでのんびり身体を動かし、そのエネルギーを取り込むよようにする。そのかわり、夜は日暮れ数時間は起きていてもいい。
●夏の養生
春に盛んになったエネルギーが、天地の陰陽で興隆し、いろいろなものが発生する、育成の時期。この時期は多少睡眠が少なくても良く、早起きと日暮れ後数時間の夜更かしは可能。暑さをいやがらず(クーラーに頼りすぎず)、怒ってはいけない。陽気が盛んなので、身体を動かしたり深呼吸することで、身体のなかの陽気を発散させるようにする。
●秋の養生
収斂の季節。実りの季節であると同時に、木の葉が落ちたり、勢いがなくなる時期。この季節には、活動をつつしみ、早寝早起きを心がけ、心を安らかにして、体のなかにとりこんだ陽気、つまりエネルギーを失わないように暮らす。
●冬の養生
閉蔵の季節。自然界の陽気が遠ざかっているので、体の中の陽気を失わないように、夜は早く寝て、朝はゆっくり起きる。欲望をつつしみ、満ち足りた気持ちを持ってエネルギーが漏れ出さないようにする。

未病で使う漢方薬

養生のお手伝いをする漢方薬

 これまで見てきたように、生活習慣病の予防のための養生の基本は、生活面から身体の生命活動のバランスを整えるおとにあります。漢方薬は、養生だけでは整えきれないバランスの乱れを直すために、養生のお手伝いとして使います。
 漢方的にいうと、生活習慣病の多くは、体の生命活動のバランスを狂わせていろいろな機能の障害を起こすとみることができます。こうした生活習慣病によるバランスの乱れに対し、よく使われる漢方薬には、補腎薬(ホジンヤク)、補剤(ホザイ)、瀉剤(シャザイ)、駆瘀血剤(クオケツザイ)、気剤(キザイ)、柴胡剤(サイコザイ)、清熱剤(セイネツザイ)などがあります。(表3)
表3 生活習慣病、加齢によく使われる漢方薬の種類
漢方薬の種類 主な製剤処方 主な働き
補腎薬 牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)
八味地黄丸(ハチミジオウガン)
加速する加齢に対応
補剤 補中益気湯(ホチュウエッキトウ)
十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)
衰えたエネルギーを再び蓄える
瀉剤 防風通聖散(ボウフウツウショウサン) 体に貯まった悪いものを排泄する
駆瘀血剤 桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン) 血の巡りを良くする
気剤 半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)
香蘇散(コウソサン)
ストレスに対応する
柴胡剤 小柴胡湯(ショウサイコトウ) くずれた免疫バランスを回復する
清熱剤 黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ) 貯まった熱をとる

八味地黄丸と腎虚

漢方治療の基本は『証』

 生活習慣病の多くは寿命をちじめる疾患です。寿命が縮むということは、早く年をとる、加齢が進んでいるということです。加齢によって起こるいろいろな症状は、漢方的にいうと「腎虚」という状態を指します。
 この腎は、生命エネルギーを司るところを意味します。生命エネルギーは腎気といい、7、8歳ごろから充実してきて20歳代にピークになり、40歳代になると下り坂になり、50歳をすぎると腎気の衰えが著しくなります(図2)。こういう状態が「腎虚」です。そして、腎虚を補うのが補腎薬なのです。
 補腎薬には、牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)や八味地黄丸(ハチミジオウガン)、六味丸(ロクミガン)などがあります。加齢にともなう症状で、不摂生していそうな人には八味地黄丸を、中でもしびれや痛み、浮腫があるときには牛車腎気丸を、冷えやむくみがそれほど強くないときには六味丸といった使い分けをします。
 加齢、生活習慣病の症状の多くは、腎虚の症状に重なります(表4)。糖尿病のしびれや前立腺肥大による夜間頻尿などに牛車腎気丸や八味地黄丸は西洋医学の医師によってもよく使われています。

補腎薬を服用するときの注意

 補腎薬は生活習慣病などにともなう症状を軽減するもので、疾患そのものを改善するわけではないので、その点は良く理解して過信しすぎることなく、上手に使いたいものです。

補剤の使い方

 生活習慣病が進行すると、基本的な生命機能を維持する体力がしだいに低下して、なんとなくだるい、食欲がない、疲れやすいといったぼんやりとした上体が続くようになります。こういう生命機能の低下はホルモン分泌、血液の流れ、神経、免疫などの機能低下が複雑に影響しあって起きている、治療が難しい状態です。
 こういう状態に対して、西洋医学的な検査をしても、はっきりした原因がみつからず、多くは原因不明とされてしまいます。西洋医学は悪いところを取り去ることに優れた力を発揮しますが、体力の衰えといった、何かが足りない状態に対して効果的な治療法がないのです。
 これに対して漢方では、足りないものを補う治療法が確立しています。そいういう場合に使う漢方薬を、補剤といいます。
 代表的な補剤としては、十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)や補中益気湯(ホチュウエッキトウ)があります。どちらも病後、術後の体力低下や虚弱体質などに用いられますが、一般に、皮膚が乾燥して顔色が悪く、貧血傾向がある場合は十全大補湯を、食後眠くなる、食事が砂を噛んでいるようでおいしく感じられないという時は、補中益気湯といった使い分けをします。
 また、前ページに紹介した補腎薬も大きな意味で補剤の仲間ともいえます。十全大補湯や補中益気湯が免疫力なども含めた全般的な体力、生命機能の不足を補うものであるのに対し、牛車腎気丸や八味地黄丸は精力などのエネルギーの不足を補うものということができます。

補剤を服用するときの注意

 補剤は栄養ドリンクではりません。体の機能を高めることで、エネルギーの取り込みを良くするものです。飲んで瞬間的に元気になるわけではないので、そういう目的で使うことはできません。

瀉剤と駆瘀血剤の使い方

体に貯まった悪いものを排泄する瀉剤

 体にたまった悪いものを出す漢方薬を総称して、「瀉剤」と言います。瀉剤には、腸管から出す下剤、尿と一緒に出す利尿剤、皮膚から発散させる発表剤などがあります。肥満解消などで使われる瀉剤に防風通聖散(ボウフウツウショウサン)がありますが、この成分には、下剤、利尿剤、発表剤、解熱剤、解毒剤の役割をする様々な生薬が含まれています。防風通聖散は最近では、慢性皮膚炎、高血圧、慢性腎炎、糖尿病などにつかわれています。

血の巡りを良くする駆瘀血剤

 漢方では、気・血・水という3つの要素が体の中を巡り、生命活動を維持していると考えます。気はエネルギー、血は血液とそのはたらき、水は血液以外の液体とそのはたらきのことです。
 血の流れが滞ることを、瘀血といいます。ぎっくり腰やねんざ、生理通などは瘀血の症状です。このほか、糖尿病によるしびれの症状も瘀血が関係していると考えられます。
 瘀血を治すには、駆瘀血剤を使います。駆瘀血剤の代表格は桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)で、生活習慣病に対しては腰痛やゼ余生の閉経後にコレステロールが急に高くなるような場合に使われることがあります。

その他、養生に役立つ漢方薬

ストレスには気剤

 養生では、ストレスを貯めないということも大きなポイントです。しかし、現代社会でストレスをまったく貯めないで暮らすことは不可能です。そこで、ストレスに対する抵抗力をつけることが大切になってきます。かんぽいうの気剤には、こうしたストレスへの抵抗力をつけるものがあります。
 その代表が半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)です。「気」の流れが悪くなり、神経質で、のどがつかえたような気がするような場合に使います。気力がなくうだうだとグチっぽい話が続くような場合には、香蘇散(コウソサン)も有効な気剤です。

免疫の調節には柴胡剤、のぼせなど、貯まった熱をとるのは清熱剤

 生活習慣病や加齢が進むと、免疫機能にも異常があらわれます。柴胡剤(小柴胡湯(ショウサイコトウ)や柴苓湯(サイレイトウ)など)に含まれる柴胡という成分には免疫調節機能があり、免疫系の回復に使われます。
 また、のぼせなど体の中に熱がこもっているような場合、貯まった熱をとる清熱剤を使います。清熱剤には黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)などがあり、高血圧でのぼせ等が強い場合によく使われます。

漢方薬の正しい使い方

病気は自分で治すもの

 生活習慣病と、それにともなう加速した加齢症状に効果のある漢方薬をいくつか紹介しましたが、気をつけたいのは、こうした薬に頼りすぎて養生を忘れてしまうことです。
 生活習慣病の予防、治療の大原則は、「病気は自分で治すもの」です。人には自然治癒力があります。西洋医学も東洋医学もその手助けをしているだけで、元々その人の持っている力を利用しているだけなのです。ですから、養生で基礎的な力を蓄えることがまず重要なのです。
 まずは未病の段階で健康体に戻すことを目標にして、それがうまくいかずに生活習慣病になってしまったときが、漢方薬の出番だと覚えていてください。

西洋薬との併用は、医師との相談で

 生活習慣病で漢方薬を使う時、西洋薬と併用する機会が多くなります。たとえば、糖尿病では糖尿病そのものの改善には西洋薬を、しびれなどの症状には牛車腎気丸などの漢方薬をと、目的別に処方して併用することが多くなります。
 ほとんどの漢方薬は西洋薬との併用が可能です。しかし併用する場合は、処方した先生に相談してから始めるようにしましょう。最近では西洋医学の医師にも漢方への理解が広まりつつあります。特に生活習慣病の治りにくい症状には漢方薬を積極的に使っている医師も少なくありません。そうした医師は、西洋薬との正しい併用方法も心得ています。きちんとした指導をうけるためにも、医師に相談するといいでしょう。
 併用する場合は西洋薬と漢方薬を服用する時間は最低30分は時間をあけるようにしましょう。