漢方・生薬情報
漢方は女性の健康をたすける
北里大学東洋医学総合研究所 所長 花輪 壽彦 先生
第11回 日漢協・市民公開漢方セミナー 2008年10月16日(木)
はじめに
女性の身体は月経や妊娠、閉経といった節目を経て、時の流れとともに変化していきます。古代中国では「女性の身体は7年ごとに大きく変化する」と考えられてきました。1800年以上前の中国最古の医学書である『黄帝内経』には、次のような内容の記述があります。
女性は7歳になると乳歯が永久歯へと生え変わって髪が豊かになり、14歳になると生理が始まって妊娠が可能になる。21歳になると身体は十分に成熟し、28歳で最高潮に。しかし35歳になると下り坂に転じ、顔の色つやが悪くなって髪が抜け始め、42歳では白髪が目立ち、子どもを生む力が衰えていく。そして49歳に閉経を迎える―。
現代では栄養状態が改善されて月経の年齢などは早まっているものの、およそ7年周期のライフサイクル自体は大きく変わっていません。ただこうした変化を経験的に悟っていた大昔とは違い、ホルモンに関連して変化が起こることがすでにわかっています。
初潮や閉経の前後はもちろんこと、月経周期の中でもホルモンの分泌状況は大きく変わります。その変化に身体が対応しきれないこともあり、さまざまなトラブルが起きることも少なくありません。たとえば初潮を迎えてしばらくは未熟なので、月経の周期が乱れたり、月経痛に悩まされたりします。成熟しても、生活スタイルやストレスなどで月経周期が安定しないこともありますし、妊娠・出産の際に体調を崩す人もいます。更年期になると閉経に向けて女性ホルモンの分泌量が減少していくため、自律神経が乱れ、のぼせやほてり、イライラ、頭痛などさまざまな症状が現れやすくなります。
こうしたトラブルや不快な症状は西洋(現代)医学的な治療の対象にならない場合が多いのです。しかし、「漢方なら治せる」というものもたくさんあるのです。
「女性だから仕方ない」「年をとれば当たり前のこと」などと、つらい症状を我慢しないことです。漢方を活用しながらケアをしていきましょう。
【コラム1】 西洋薬と漢方薬、それぞれの得意分野は?
西洋薬は病気にかかっている臓器に着目し、病気の原因になっている細胞や細菌、ウイルスなどにターゲットを絞って局所的な治療を行います。薬の成分は単一の化学物質なので切れ味が鋭く、感染症やがんなど、原因がはっきりしている病気や症状に対しては目覚ましい効果を発揮します。
一方、漢方薬は複数の生薬を組み合わせた処方がほとんどで、多くの成分が身体のさまざまな部分に複合的に働き、全身のバランスを整えることによって各々の症状も改善されます。そのため、自律神経失調症や不定愁訴など、西洋医学では原因のよくわからない症状に対しても治療が可能であり、効果が期待できるのです。
漢方の診療
漢方は、紀元前に中国で発祥した医学を輸入し、日本で独自に育てて、体系づけたものです。近年は健康保険が適用されることもあり、一般の医療機関でも多くの医師が処方するようになりました。漢方は、西洋医学とは病気に対する考え方も診断方法も違います。
西洋医学では肺炎やがんなどといった病名に対して治療を行いますが、漢方はその人の体質や体力、抵抗力、病態などに応じて薬が決まります。そしてその人に最も合った薬を処方するため、「証」という漢方独特の診断基準があるのです。
例えば「葛根湯」は漢方の有名な風邪薬ですが、飲んで非常に良く効く人もいますし、まったく良くならない人もいます。また同じ人でも、前回の風邪のときはすぐに治ったのに、今回は効かないということもあります。これは証が違っているからで、どんなにいい薬であっても証が合わなければ効果を得ることはできません。そこで、正確に証を導き出すための診察が必要なのです。
漢方では、西洋医学的な診察に加えて、「四診(望診・聞診・問診・切診)」という独自の診察が行われます。これは「見る・聞く・嗅ぐ・触る」といった五感をフルに使って患者さんの状態を把握する方法です。診察は、患者さんが診察室のドアを開けて入ってきたときからすでに始まっていて、顔や服装、歩き方なども患者さんを知るための重要な情報になります。
■望診
患者さんの体格や顔色、肌の色つや、目の力、表情、動作、姿勢、髪の様子、むくみの有無などを見て、確かめます。とくに顔からはさまざまな情報が得られますから、できるだけ化粧を落とし、素顔に近い状態で受診してください。また望診では、舌を診る「舌診」(*コラム2参照)を行うほか、不安やイライラ、焦り、興奮など心の状態も観察します。
■聞診
声の大きさやトーン、話し方、呼吸音、咳の有無や出方、痰の詰まり具合などを注意深く聞きとります。聞診には体臭や口臭、汗の臭いを嗅ぐという診察も含まれます。
■問診
西洋医学でも行われている診察で、自覚症状や発症の時期、経過に加えて、患者さん自身やご家族の病歴などについて細かく質問し、さまざまな情報を収集します。
■切診
切診は患者さんの身体に直接触れてその状態を診る診察法で、大きく分けると手首に触れて脈を診る「脈診」と腹部を診る「腹診」があります。西洋医学でもおなかを触る場合がありますが、これは腫瘍の有無を確かめたり、ガスが溜まっているかどうか調べたりすることが主な目的です。しかし漢方ではそれに加えておなかの抵抗の具合を診ることで、からだがどのような状態なのかを判断します。
【コラム2】 毎朝、舌で健康チェック
舌を見る「舌診」は漢方の診断法のひとつ。「舌にはからだの状態が顕著に現れる」と考え、舌の動き、色、形、舌苔の状態などを見て、体調の変化やその原因を推察します。
【歯痕舌】
全体がむくみ、周囲に歯のあとがついている舌の人は、体内の水分バランスが崩れていると考えられます。
全体がむくみ、周囲に歯のあとがついている舌の人は、体内の水分バランスが崩れていると考えられます。
【紅舌】
健康な人の舌の色は赤に近いピンク色です。全体に舌の色が白っぽく、少し腫れて白い舌苔がついている場合は、気虚が疑われます。
健康な人の舌の色は赤に近いピンク色です。全体に舌の色が白っぽく、少し腫れて白い舌苔がついている場合は、気虚が疑われます。
【亀裂舌】
舌の中央に亀裂がある、あるいは黄色っぽい苔がついた舌は、胃が荒れていると推察されます。
舌の中央に亀裂がある、あるいは黄色っぽい苔がついた舌は、胃が荒れていると推察されます。
舌診は、体調のセルフチェックにも応用できます。
毎朝歯磨きの前に鏡で舌を観察し、おかしいと感じたら、早めに医師に相談しましょう。
毎朝歯磨きの前に鏡で舌を観察し、おかしいと感じたら、早めに医師に相談しましょう。
漢方における体質の診断法
四診の目的は、「証」を見極めることにあります。四診で得られた体質や症状などの情報を、いろいろな切り口(漢方の概念)で分析して証を決定します。ここでは代表的な概念である「実証と虚証」「気・血・水」について説明しましょう。ほかにも「寒熱」「陰陽」「表裏」などがあります。
~実証と虚証~
漢方で体質の分類に使われているのが、「実証」と「虚証」です。実証は「体質強壮な人」、虚証は「体質虚弱な人」と考えればいいでしょう。それぞれの体質の具体的な特徴を挙げてみます。
■実証
実証は固太りあるいは筋肉質のガッチリとした体格で、栄養状態が良く、声は力強くハリがあります。つややかな皮膚をしていて、筋肉は弾力に富んでほどよく緊張しています。また、消化器系が強いことも、実証の特徴です。食べるスピードが速く、冷たいものも平気。多少食べ過ぎても何らトラブルを生じることはありません。一食くらい抜いても大丈夫ですが、一日でも便秘をすると不快に感じます。夏は暑がるもののバテてしまうことはなく、冬でも寒がらない人が多いようです。通常、寝汗はかきません。
■虚証
一方虚証の特徴は、実証の逆と言っていいでしょう。栄養状態が悪く、体型はいわゆる水太りか、痩せ型の下垂体質です。声は弱々しく、皮膚にはつやがありません。筋肉は弾力がなく、とくに腹筋は薄くて弾力や緊張に欠けています。食べるスピードは遅く、食べ過ぎると胃もたれを生じやすく、冷たいものを食べると腹痛や下痢を起こすことも少なくありません。暑さや寒さに弱いことも虚証の特徴です。夏はバテ気味で、寝汗をかく人が多いようです。
■中間証
実証と虚証の間に位置する証が「中間証」です。中庸とも言い、バランスのとれた状態を指します。
【コラム3】 あなたは虚証?実証?それとも中間証?
漢方薬を処方するための正確な体質の判断は、通常医師が行いますが、自分の体質をある程度知っておくと日常的な健康管理の上でもとても薬に立ちます。下のチェックシートを利用して、自分が実証なのか、虚証なのか、調べてみましょう。
| 質 問 | チェック項目 | 点 数 |
|---|---|---|
| ①比較的体力がある | 2 | |
| ②寝汗をかきやすい | -2 | |
| ③意欲、気力が充実し、積極性がある | 2 | |
| ④胃腸が丈夫である | 2 | |
| ⑤夏バテしやすく冬は風邪をひきやすい | -2 | |
| ⑥顔色がよく、皮膚につやがある | 2 | |
| ⑦冷たい物を食べると下痢しやすい | -2 | |
| ⑧お腹に弾力があり、骨格ががっちりしている | 2 | |
| ⑨食が細く、食べるのが遅い | -2 | |
| ⑩月経初期に痛みが強く、血塊が出たり経血量が多い | 2 | |
| 合計点 |
●あてはまる項目の点数を合計して、0点以下になった人は虚証、2~6点は中間証、8点以上は実証のタイプに近いことが考えられます。ただし、これはあくまでも証を理解していただくための目安で、正確な診断にはなりません。
正確な証の診断は、専門医の診察を受けましょう。
正確な証の診断は、専門医の診察を受けましょう。
「実証・虚証」と漢方処方
体質が違えば病気のときの症状の現れ方も、処方される漢方薬も違います。
【例1:月経前緊張症の場合】
実証の人では、月経前緊張症の症状として便秘やのぼせ、肩こりなどが強く現れます。このようなときは桃核承気湯という処方が効果的です。便秘や下腹部痛を生じる場合は、大黄牡丹皮湯を飲むといいでしょう。
中間証の主な症状には、①イライラやのぼせ、肩こり ②強い下腹部痛やこむら返り ③のぼせや肩こりをともなう便秘といった3パターンがあります。
①には加味逍遙散、②には芍薬甘草湯、③には桂枝茯苓丸を選択するといいでしょう。
①には加味逍遙散、②には芍薬甘草湯、③には桂枝茯苓丸を選択するといいでしょう。
虚証の症状はバラエティに富んでいますが、次のような5パターンに分け、薬を処方します。
①手足の冷えや腰痛、下腹部痛=当帰四逆加呉茱萸生姜湯
②冷え、肩こり、頭重感、めまい=当帰芍薬散
③頭痛、ゲップ、みぞおちのつかえ=呉茱萸湯
④冷え、腹痛=当帰建中湯
⑤胃腸が弱い、食欲不振=安中散
【例2:冷え症の場合】
実証の冷え症では、便秘やのぼせ、肩こり、不安感、不眠などの症状が現れる人が多いようです。桃核承気湯がよく効きます。
中間証の冷え症は3パターンに分けて、次のような処方をします。
①冷えのぼせ、肩こり、便秘=加味逍遙散
②下半身の冷え、上半身ののぼせ=五積散
③のぼせ、肩こり、下腹部痛=桂枝茯苓丸
虚証の人は、
①顔色が悪い、疲れやすい、下腹部痛、頭痛、月経痛=当帰芍薬散
②手足のほてり、月経不順=温経湯
③下腹部痛、頭痛、めまい、疲れやすい=当帰芍薬散
④めまい、フラフラする、下痢、腹痛=真武湯
といった4パターンから選択します。
~気・血・水~
「実証と虚証」に並ぶ漢方の代表的な概念が、「気・血・水」です。
漢方では「気」「血」「水」を「からだを構成する要素」ととらえ、この3つがからだの中に過不足なく存在し、スムーズに巡っていることで、 各臓器や器官は正常に機能することができると考えます。
漢方では「気」「血」「水」を「からだを構成する要素」ととらえ、この3つがからだの中に過不足なく存在し、スムーズに巡っていることで、 各臓器や器官は正常に機能することができると考えます。
「気」とは、元気、気力、気合などの気で、目に見えない生命エネルギーを指します。「血」と「水」は、からだを潤し、栄養を与えて支える体液のこと。 赤い色をしたものが「血」であり、血液と同じと考えていいでしょう。無色の体液は「水」で、血液以外の体液はほぼすべて「水」に含まれます。
「気」の異常には、気が不足する「気虚」、気の流れが滞る「気滞(気鬱)」、気が逆流する「気逆」があります。気虚に陥ると、だるい、気力がない、 疲れやすい、声・眼に力がない、風邪をひきやすいなどの症状が現れます。気滞(気鬱)の場合は抑うつやのどのつかえ感、胸の詰まった感じ、 おなかが張るといった状態になります。気逆では、冷えのぼせや発作性の頭痛、動悸のほか、驚きやすいといった症状も見られます。
「血」の異常には、血が不足する「血虚」と、血の循環が滞る「瘀血」があります。血虚になると、顔色が悪い、皮膚の乾燥や荒れ、頭髪が抜けやすい、 眼精疲労、こむら返りなどの症状が現れます。「瘀血」は女性には非常に多いもので、口の乾き、色素沈着、眼の周りのクマ、月経不順、腰痛、不眠、 不安などが主な症状です。
「水」の異常は水の流れが滞る「水滞(水毒)」で、からだの一部もしくは全体がむくむ、尿量が少ない、拍動性の頭痛、頭重感、胃からぽちゃぽちゃ音がする、気圧や天候に作用されるめまい・耳鳴りなどに悩まされます。
「気・血・水」と漢方処方
からだに不調が生じたときは、気・血・水のどれが過不足の状態にあるのか、あるいはどの流れが滞っているのかを見きわめ、そのバランスを正常な状態に 戻していくことが治療の基本になります。ただし気・血・水は連動しているため、どれかひとつだけの異常ということはほとんどなく、たいていは他の要素もバランスを崩しているケースが多いのです。
漢方薬は生薬を組み合わせて作られていますから、複数の異常が生じていても、ひとつの処方で対応が可能です。たとえば当帰芍薬散を構成する当帰、 川芎、芍薬は「血虚」を改善し、茯苓、白朮、沢瀉は「水毒」を改善します。 桂枝茯苓丸の場合、桃仁、牡丹皮、芍薬は瘀血を、茯苓は水毒を、そして桂枝は気逆を改善してくれるのです。 総合力を持つ漢方だからこそなせる業、と言えるでしょう。
更年期障害と漢方
女性のライフサイクルにおいて、大きな節目のひとつが「更年期」です。閉経前後にあたるこの時期は、ホルモンの分泌量が減少するため、 更年期特有の症状に悩まされる人も少なくありません。その症状は、めまいや動悸、頭痛、頭重感、不安、不眠、イライラ、のぼせ、肩こり、発作性の発汗など、 多岐にわたっています。これらの症状は「不定愁訴(とりとめのない訴え)」といわれ、治療がむずかしいものが多いことから、女性たちを悩ませてきました。 漢方はこうした不定愁訴の治療を得意としています。「更年期だから仕方ない」などとがまんしないで、苦しんでいる人は、ぜひ相談してください。
更年期障害の治療に、非常に多く使われているのは「加味逍遙散」という処方です。これは「気」や「血」の異常に効果があるお薬で、先ほどお話した不定愁訴のほか、手指や掌の湿疹やしみ、肝斑(顔の左右に対象に現れるしみ)などの皮膚症状がでている場合もこの薬を選択する判断基準になります。
そのほかにも実証でのぼせや便秘がひどい人には桃核承気湯を処方します。中間証でのぼせや肩こり、便秘気味という場合はにょしんさん女神散を、同じ中間証でも 冷えが強くのぼせや便秘も見られる人には桂枝茯苓丸加大黄を選ぶと良いでしょう。
虚証で冷えや肩こり、むくみがある人には当帰芍薬散、むくみよりもおなかの張りが目立つ人には大建中湯を。実証・虚証・中間証に関係なく、のぼせや手足のほてりが強い場合は三物黄芩湯が適しています。
終わりに
現在ではあらゆる病気に漢方薬が使われています。西洋医学では有効な治療法がない症状でも、漢方ならば対応できることが多く、 西洋医学では病気と見なされない症状をしずめるのにも役立っています。そうした治療は、むしろ「漢方の得意分野」とも言えるのです。
女性のライフサイクルの中で生じるさまざまなトラブルにも、西洋医学では解決できないものが少なくありません。しかし漢方の力を借りれば、 その多くを改善することが期待できます。
およそ7割の医師が日常的に漢方薬を処方している現在、婦人科など一般の外来でも漢方薬を処方してもらえますし、漢方外来、あるいは漢方 クリニックといった専門外来を設ける医療機関もあります。また、女性にターゲットをしぼって、より専門的に女性疾患の漢方診療を行うところも増えてきています。 快適で楽しい毎日を過ごすために、ぜひ漢方を活用してください。