漢方の将来ビジョン研究会
提言
1.国民の健康と医療に必要不可欠な漢方薬の保険適用の堅持
医療用漢方製剤等の保険適用を堅持する
具体的には、医療用漢方製剤は高齢者領域(フレイル、認知症)をはじめ、女性領域、がん領域(支持療法)、感染症など、健康寿命の延伸、保健衛生の向上に多大な貢献をしており、更なる研究も進んでいる。
漢方薬は、1967年に医療用医薬品として保険適用され、今日に至るまで日本の医療のさまざまな領域において医師の適切な診断のもとで幅広く活用され、疾患の治療や回復の促進、さらには健康の維持に貢献している。
これらは、現代医療のフレームワークの中で漢方診療が実践できる世界で唯一の国である日本の医療制度の特性を最大限に活かし、医師が各種疾患の治療手段として漢方薬を適切に使用してきた成果である。加えて、基礎研究による薬効・薬理作用の解明や臨床研究を通じて、漢方薬の有効性に関するエビデンスも着実に積み重ねられてきたことに起因する。
今後も、医療の発展とともに漢方薬の応用領域をさらに広げ、就労支援や健康寿命の延伸をはじめとする社会課題の解決と保健衛生の向上に寄与していくことが重要である。
漢方薬のような保険医療上重要な薬剤が使用できなくなれば、医師の裁量権を奪うことに繋がると共に、医療保険制度における多様な貢献が失われ、国民の健康に深刻な悪影響を及ぼすことになる。具体的には、適切な治療を受けられないことで病状が悪化し、かえって高額な医療費が発生するリスクが高まる。また、医療用医薬品と比較してOTC医薬品(市販薬)は価格が高く、結果として国民の負担増につながる。保険料を支払っているにもかかわらず、健康保険が使えず、実質的に自己負担が増えるような制度は、国民にとって望ましい医療の姿とは言えない。
漢方薬は、医師・患者双方にとって重要な治療の選択肢であり、この選択肢を奪うことは、医療の多様性を損ない、患者の利益を大きく損なうことになり、患者中心の医療から外れることとなる。特に、漢方治療は医師の診察と漢方薬の使用が一体となって初めて成り立つため、保険適用されている医療用漢方製剤が一つでも使用できなくなれば、患者全体を診る治療自体が困難になる。
したがって、保険給付額の削減を目的としたOTC類似薬の保険適用除外の議論には断固反対である。むしろ、長年にわたって国民の健康の維持・向上に貢献してきた漢方薬などの重要な薬剤に対しては、薬価改定による適切な支援が必要である。
「いつでも」「誰でも」必要な医療サービスを受けられる国民皆保険制度を維持し、国民に安心・安全な医療を提供するためにも、漢方薬の保険適用は今後も変わらず堅持されなくてはならない。
具体的に、医療用漢方製剤が健康寿命の延伸、就労支援、保健衛生の向上に多大な貢献をしている領域や疾患の一部について、研究会での成果を踏まえ、以下に示す。
高齢者(フレイル、認知症):
フレイルは、2014年に日本老年医学会により提唱され、加齢に伴う精神・心理、身体機能低下や予備能力低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態を指す。しかし、フレイルとなっても適切な栄養摂取や運動により健常な状態へ回復しうる可逆性を持つことから、フレイルを早期に発見し、適切な介入により、健康寿命を延ばすことが可能になる。 研究会2023では、石田和之(中央大学保健センター 教授)、萩原圭祐(大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座 特任教授)、小川純人(東京大学大学院医学系研究科 老年病学 准教授)、研究会2024では、松本卓二(国保野上厚生総合病院 整形外科部長 高齢者脆弱性骨折治療センター長)、濱田泰伸(広島大学大学院医系科学研究科 生体機能解析制御科学 教授)が、基礎的な検討やフレイルを伴う疾患に対する漢方薬の効果について、最新のエビデンスを報告している。また、フレイルの病態と近い漢方医学的概念として「腎虚」が挙げられる。日本東洋医学会においても腎虚と関連した漢方フレイルスコアを開発し、臨床応用に向け取り組んでいる。
一方、認知症においては、厚生労働省の推計に基づくと、約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症を抱えて生活しているとされ、国家としての取組も進んでおり、2015年に認知症施策の国家戦略としての「新オレンジプラン」、2024年には「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されている。医療においても認知症の人とその家族を支えるための拠点となる専門医療機関として認知症疾患医療センターの設置が進み、国全体として認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある共生社会の実現を推進している。 研究会2017では堀口淳(島根大学医学部精神医学講座 教授)が、認知症周辺症状に対し、漢方薬の有効性を示している。また、令和6年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業として「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン (第3版)が策定されBPSD治療アルゴリズムでは、幻覚・妄想、易刺激性・焦燥性興奮、不安・抑うつの薬物治療の中に漢方薬が掲載されている。
フレイルの病態の改善の基盤となる栄養状態の維持と消耗の抑制や、認知症の人が尊厳を保持しつつ、希望を持って暮らすことができる「共生社会」の実現に向けて、東西医学を融合し、病態を包括的かつ全人的に把握し対応できる漢方医学を医療に応用することは、病気を治すことだけでなく、病気と闘う患者を支える観点から重要であり、延いては健康寿命の延伸に資することにも繋がる。
女性領域:
令和6年版『男女共同参画白書』によると、女性特有の疾患である月経障害や不妊症は20代から40代前半、子宮内膜症や子宮平滑筋腫は30代および40代、乳がんや更年期障害(閉経期およびその周辺期障害)は40代および50代に多く、いずれも働く世代に多い傾向がある。がんの罹患率(上位5部位)を年代別に見ると、男性では60代以降に急激に増加しているのに対し、女性の乳がんおよび子宮がんは30代から増加しており、婦人科系疾患をはじめとする女性特有の健康課題は、働く世代に多いとされている。
また、2025年2月に経済産業省が公表した試算によると、「月経随伴症」「更年期症状」「婦人科がん」「不妊治療」に伴う欠勤や休職などによる経済的損失は、年間で約3.4兆円に上ると報告され、就労支援が喫緊の課題となっている。
女性のライフステージは、思春期、性成熟期、更年期、老年期に区分され、それぞれの時期においてエストロゲンなどの性ホルモン分泌が大きく変化する。こうした生理的変化に加え、社会的・環境的要因の影響を受けやすく、さらに妊娠・出産・産後の心身の不調といった課題を抱えることもある。現代社会では、結婚年齢の上昇に伴い出産希望年齢も高くなる傾向が見られ、プレコンセプション期(妊娠を計画する前の時期)のケアの重要性が高まっている。
研究会2024において、康永秀生(東京大学大学院医学系研究科 臨床疫学・経済学講座 教授)、甲賀かをり(千葉大学医学部附属病院 産婦人科学 教授)が産婦人科領域における 漢方薬の医療経済学的研究や最新のエビデンス、診療ガイドラインへの掲載について報告している。
子宮内膜症などの女性特有の疾患に対する治療では、一般的に排卵を抑制するホルモン剤等が用いられるが、妊娠を希望する女性にとっては使用が難しい場合もある。一方、漢方薬による治療は女性ホルモンに直接作用せず治療を行うことができるという利点がある。また、漢方薬は患者の体格や体質などを考慮して処方されるという、個別性を重視した医療の側面もある。
漢方薬は、女性のライフステージごとに異なる症状や不調に対する対策として貢献できる。今後さらなる研究の推進とエビデンスの蓄積が求められる。
がん領域(支持療法):
『がん対策加速化プラン』では、がんとより長く“共生”していくためには、効果的な治療の継続が必要であり、治療に伴う副作用への予防とケア、すなわち支持療法の重要性が強調されている。しかし、抗がん剤の副作用や複合的な病態により、多剤併用(ポリファーマシー)の問題が顕在化し、支持療法薬の副作用によってかえって患者のQOL(生活の質)が低下するケースも見られる。さらに、支持療法薬そのものも高額であることに加え、食欲不振・全身倦怠感・末梢神経障害といった症状には、依然として有効な対処法が乏しい現状にある。また、近年では分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬に代表される高額な新規抗悪性腫瘍薬の登場により、治療の選択肢が広がる一方で、医療費の高騰も懸念されている。
こうした状況において漢方薬の利点として、薬価が比較的安価(医療用漢方製剤の薬価は単純平均で約107.7円/日(2025年4月時点 日漢協調べ))であることがあげられる。さらに、抗がん剤の副作用(しびれ・口内炎・食欲不振・倦怠感・皮膚障害)の症状改善や、栄養不良・免疫低下の改善で、西洋薬では十分に対応できない課題に対し、QOLの維持とがん治療の完遂を支援する。がん治療に関わる医療用漢方製剤による有効性に関する研究が加速し、メタ解析や大規模コホート研究、医療ビッグデータを活用した医療経済学的研究も報告されている。研究会においては、康永秀生が医療ビッグデータを活用したエビデンスを示し、がんによる入院患者の約8%に使用されているという報告や、元雄良治(金沢医科大学腫瘍内科学 主任教授)は、漢方薬が抗がん剤の忍容性を高め、がん化学療法の完遂に貢献しうる可能性を報告している。日本がんサポーティブケア学会からは、「がんサポーティブケアのための漢方活用ガイド」(2020年10月)が発刊されるなど、がん支持療法における漢方治療の標準化も進んでおり、使用頻度は増加傾向にある。さらに、漢方医学を科学的に捉え、研究や臨床に活用する若手医師や研究者も増えている。
今後、抗がん剤による副作用対策や栄養・体調の改善に向けて、複合的な病態を全人的に把握し、漢方医学の個別化医療という特性と西洋医学の科学的アプローチを融合させた新たな研究を推進することが求められる。そして、就労支援・生きがい支援・生活支援といった、がん患者の社会参加を支える医療へとつながることが期待される。
感染症:
新型コロナウイルス感染症は2019年12月に中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎が報告された後、WHOがパンデミック(世界的大流行)を宣言するまでに拡大した。国内においては2020年1月16日に最初の感染者が確認され、全国的に感染が拡大した。ワクチンの開発や治療薬の開発が進むと共に、現在では感染症法上の位置づけが1類相当から5類へ移行したが、現在においても後遺症の問題や変異株の出現などが問題視されている。
研究会2021・2022では青松直撥(大阪市立総合医療センター 消化器外科 医長)、小川恵子(広島大学病院 総合内科・総合診療科漢方診療センター センター長)、鍋島茂樹(福岡大学医学部 総合診療部 教授)、小田口浩(北里大学東洋医学総合研究所 所長)、髙山真(東北大学病院 総合地域医療教育支援部・漢方内科 特命教授)が、最新のエビデンスを報告した。また、日本東洋医学会では、予防~治療~後遺症の各ステージにおける学会主導研究が実施され、各ステージでの有効性について研究会で報告している。
厚生労働省により2025年2月26日に改訂・公表された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の「診療の手引き 別冊:罹患後症状のマネジメント」 第3.1版」においても、罹患後症状に用いられる漢方薬が掲載されており、新型コロナウイルス感染症において漢方治療の標準化が進んでいる。
「Antimicrobial Resistance(AMR)」の観点からは、WHO は抗菌薬やその他の治療薬への微生物の耐性が進行するAMRを、治療困難症例の増加や重症化、死亡リスクの高まりを招く深刻な公衆衛生の脅威と位置付けており、将来の予測として、年間1,000万人がAMRに起因する死亡、100兆ドルの経済損失を招くとの見通しを立てている。
漢方薬では多剤耐性菌の防御能を向上させることにより、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の検出抑制、感染症抑制や同じく耐性菌であるVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)の早期陰転化、生存への貢献について、研究会シンポジウムにおいて髙山 真が報告している。
漢方薬は古来より感染症に対し用いられており、悠久の時を経て新興感染症に対しても、その有用性が証明された。今後、未知の感染症や薬剤耐性菌が出現した際の初期対応としても漢方薬は期待される。
更なる研究: これらに加え、性差医療においては、経済財政運営と改革の基本方針2025「骨太の方針」に、「女性特有の健康課題及び性差に由来した健康課題(男性の更年期障害を含む)への対応の普及に向け取り組む」との記載がある。これらは日本における社会課題の一つでもあり、漢方薬が期待される領域でもある。性差に由来した健康課題には不妊症や更年期障害など様々あり、令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「不妊治療の実態に関する調査研究」では、男性不妊治療の実施状況として、主な使用薬剤の中に漢方薬が取り上げられているなど、これまでも広く使用されている実態がある。
漢方薬による更なるエビデンスを構築し、すべての人の健康に貢献するためにも、遺伝子、性ホルモン、性差に着目した新たな診断、治療法、予防法などの開発に対し、漢方薬も含めた研究を推進していくことが今後期待される。
2. 持続可能な薬価と安定供給
① 医療用漢方製剤等は低薬価により安定供給に支障をきたす状態となっているため、薬価上の措置を求める
医薬品産業強化総合戦略においては、医療用漢方製剤は医療を支える必須医薬品又は伝統的な医薬品として、今後も質の高い製品が安定的に供給されることが求められている。また、保健医療上重要な医薬品となり、医療に必要な医薬品全般の品質を適正に確保することを基本的な役割とする日本薬局方(第十八改正日本薬局方第二追補)(2024年6月28日)においても、40処方の漢方エキスが収載されているなど、国民医療において重要な役割を担っている薬剤である。医療用漢方製剤は、1967年に漢方エキス製剤が初めて薬価基準に収載され、健康保険の適用になり、その後順次、薬価基準に追加収載され、1987年に医療用漢方製剤が、現在の148処方となったが、それ以降、新たな漢方処方の収載はない。
医療用漢方製剤等は科学医薬品の様に、新規開発の医薬品、新規モダリティーなどが生まれづらい環境にあり、既存医薬品の中から現代医療の新たな疾患に応用され、エビデンスを集積していくことで、国民の健康に貢献しており、現状では医薬品としてのライフサイクルは化学医薬品(後発医薬品においても同様)と異なっている。
医療用漢方製剤等は度重なる薬価改定のため薬価の水準は下がってきており、不採算品の割合が増加し、採算性の悪化から供給する製造販売企業数や品目は年々減少している。しかも従来からの原料生薬の価格上昇に加え、為替の影響(円安の進行)や物価高騰等が加わり、企業の経済的負担が増している。また、製造施設の更新、需要増に対応した新規製造設備・原料生薬保管施設にも対応が必要と聞き及んでいる。医薬品としてのライフサイクルが異なる医療用漢方製剤等を将来に亘り安定供給を担保するためには、漢方薬特有の状況を踏まえ、継続的に安定供給が可能な薬価上の措置が必要である。
具体的には不採算品再算定適用品目、日本薬局方収載品目、複数年にわたり薬価改定をうけていない品目、診療ガイドラインに掲載され広く臨床現場で使用されている汎用性がある品目については、基礎的医薬品として位置づけ、薬価の安定化策を講じるべきである。加えて、2018年4月に基礎的医薬品に適用された生薬73成分を原料とする医療用漢方製剤等についても基礎的医薬品に適用されるべきである。
また、2023・2024年薬価改定では不採算品再算定の特例的な適用を受けたが、未だ不採算品目も多数存在するため、医療用漢方製剤等の安定供給のため不採算品再算定を実施し、薬価の下支えが必要である。
さらに、現状の薬価制度では医療用漢方製剤等は最低薬価の区分が顆粒剤、錠剤等に設定されている。2025年度薬価改定では最低薬価の引き上げが行われたが、年々上昇する製造コスト、原料生薬の保管コストに対し、現行の最低薬価では医療用漢方製剤等を製造することが困難であることから、エキス剤として最低薬価の新設も必要である。
② 原料生薬の安定確保に向けた国内栽培を推進する
漢方薬の原料である生薬は中国からの輸入に大きく依存しているという課題があり、安全保障上の観点からも国内栽培の推進は重要である。
医薬品産業強化総合戦略においても、「漢方薬については西洋薬にはない効果・効能、自然素材の安心感などから、年々需要が増加しており、我が国の医療において重要な役割を担っている。その原料である生薬の調達先が特定の国に集中して安定供給に支障が生じないよう、生薬の調達先の多様化を図るため、生薬の原料となる薬用植物の国内栽培の推進に向けた取組や、薬用植物の新たな育種、栽培、生産技術等に関する研究支援を行う」と記載されている。
国内栽培については薬用作物の産地形成を促進するため、薬用作物産地支援協議会が設立され、農林水産省の補助事業である「薬用作物等地域特産作物産地確立支援事業」の「薬用作物産地支援体制整備事業」を活用し、薬用作物に関する事前相談・マッチング窓口の設置に関する事業、指導者向け栽培技術研修会の開催等技術指導体制の整備に関する事業、その他薬用作物の産地形成を促進するために必要な事業などの取組を通して、薬用作物の産地支援が行われている。
更なる原料生薬の価格高騰や品質の安定性確保に対して、下記に示す5つについて、企業努力と共に産官学における研究支援体制を農林水産省・厚生労働省主導で進めていく必要がある。
1)国内で栽培可能な優良種苗の選抜・保存・増殖法の検討国内生産拡大の担い手確保のため、薬用植物に関する研修会等を通じて、積極的に薬用植物の栽培委託を働きかけると共に、収穫物の選別、調製施設の設置およびその運営を通じて栽培地域の雇用拡大に努めることが期待される。一方、行政機関では、休耕地の有効活用、生産者への栽培技術指導ならびに農業機器その他必要資材の支援、農薬登録の促進等、省庁・都道府県・市町村の枠に囚われない横断的政策の策定および事業実施が望まれる。さらに各種研究機関や大学は、薬用植物の優良種苗の選抜・保存・増殖、栽培や生産物の品質評価および品質管理等に関して、漢方生薬製剤等の各製造企業団体と密接な連携の基、生産現場の要望に合った技術の開発等に取り組むことが期待される。
2)優良新品種の育成 薬用植物の新品種育成については、シャクヤク品種「べにしずか」やハトムギ品種「北のはと」の商業栽培等、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所薬用植物資源研究センター(以下:薬用植物資源研究センター)が中心となって、AMED研究開発委託費等の支援を基に進めている。国内栽培化は課題が多く、課題解決には都道府県、各自治体ならびに業界団体との相互連携が必須であり、薬用植物資源研究センターはその橋渡し役となり、国内栽培支援体制の確立に向けた積極的な取り組みが期待される。薬用品種は依然として限られており、国内生産拡大のためには新品種の育成が必要であるが、特に優良新品種育成と商業化には長い期間が必要なため、研究費の継続的な支援が必要である。
3)大規模機械化栽培法、新規生産栽培法の開発薬用植物等の種々の増殖および野生あるいは海外産薬用植物の国内栽培化を進めるにあたっては、生産者が安心して栽培等に取り組めるよう、行政機関等による、上記研究開発および生産に関わる情報提供や技術指導等の支援が必要である。また、少子高齢化が進む日本において、農業従事者の高齢化と減少は著しく、生産栽培現場における省力化・省人化に寄与し環境負荷を軽減する大規模機械化栽培法、新規生産栽培法等の開発を進めることが必要である。その実現のため、最新のロボット技術、ICT(情報通信技術)、AI、ドローン、センサーなどを活用した栽培のスマート化の活用が期待される。
4)植物工場における水耕栽培等、閉鎖系施設における新規栽培法の構築漢方薬等の原料となる重要な薬用植物の中には、オタネニンジンのように、播種してから生薬として利用する根を収穫するまでに4年以上の長い栽培期間を要し、種子を得るまでに3年以上の長い栽培期間を要するものがある。また、カノコソウのように通常、株分(栄養繁殖)で増殖させるため、増殖効率が低く、一旦、異常気象や病害虫の発生などの栽培環境の悪化による生育障害が生じると、次年度以降の種苗が確保できず、栽培の継続そのものが困難になるものがある。薬用植物の水耕栽培および植物組織培養は人工的に栽培環境を制御する施設が必要不可欠であることから、初期投資、ランニングコストが必須であるが、自然環境の影響を受けない高品質な種苗の維持・増殖や、生薬生産までの栽培期間短縮が可能であり、また、新品種育成に関しても栽培期間の短縮が可能である。さらに、ゲノム編集や重イオンビーム照射による突然変異育種など、最新の育種技術への適応が速やかで、経験のない異常気象のもと、急激な栽培環境の変化に耐えうる品種の育成は喫緊であり、薬用植物の最新育種技術を活用した品種育成は、生薬原料確保の上で重要である。これらの技術の優れた点を生かしながら、実用化に向けて行政機関等からの支援を受け、産官学が協力し進めていくことが必要である。
5)データベース化による情報の集積と発信漢方薬・生薬に用いられている薬用植物に関するさまざまな情報を、簡単な操作で検索・閲覧することができる医薬基盤・健康・栄養研究所の「薬用植物総合情報データベース(MPDB)」を活用し、薬用植物の情報、生薬の情報、成分・遺伝子に関する情報、薬用植物の栽培法や増殖手法に関する情報、生薬の内部形態に関する情報等のデータを集積・発信していくと共に、多様性評価研究や、国際的視野に立脚した薬用植物資源、関連情報の集積・調査研究の成果を広く公開することは、薬用植物に関する国民の認知度を高め、薬用植物の恒久的確保に向けた取り組みを進める上で重要である。このためには、厚生労働省、AMED等によるMPDBの安定的な運用、更新、拡充に必要な継続的支援が必要である。薬用植物の栽培と生薬の加工調製の経験や技術を習得している者の高齢化が進んでいるため、栽培、加工調製技術を有する指導者等の育成が必要であることから、行政機関が主体となり産官学および生産者が連携し早急に対応すべきである。薬用植物、生薬の国内生産推進に向け、MPDBは生産者や新規参入希望者等への強力な情報アシストツールとしての活用が期待される。
③ 製品および原料生薬の品質を確保するため、原料生薬供給国との連携を引き続き強化する
『生薬及び漢方生薬製剤の製造管理及び品質管理』においては、原料生薬の受け入れから最終製品に至る各工程において、西洋薬と同様、GMPや厳しい自主基準等により実施され、また、生薬の刻み・粉末の工程のみを行うGMP適用外製造所や、生薬のトレーサビリティーなどは業界自主基準に基づいて管理を行っている。原料生薬となる薬用植物の栽培・品質評価指針としては、薬用植物資源研究センターが、大学及び公的研究機関と協力して薬用植物の栽培技術の確立、伝統的な栽培法及び加工調製技術の科学的検証と保存を行い、その成果を「薬用植物栽培と品質評価」としてPart14(71品目)まで作成している。また、業界としては日漢協が栽培・採取・加工・調製における管理レベルアップのため『薬用植物の栽培と採取、加工に関する手引き(GACP)』(2014年10月)を作成し、推進している。今後も需要が増えてくる医療用漢方製剤において、原料生薬の品質の確保に向けた不断の取組が必要である。
医療用漢方製剤148処方で使用されている原料生薬は136種類、そのうち、国内においても栽培されている生薬は56種類あるが、国内使用量の約80%は中国から調達している。原料となる生薬においても安定調達には多くの手間と困難性を伴う。例えば、使用量が多いブクリョウ、タイソウ、ハンゲなどは、ほぼ全量を中国から輸入している。栽培年数も長い生薬があり、ニンジン、シャクヤク、ボタンピ、ダイオウは5~6年、樹木系のケイヒなどは10年以上かかるものもある。
原料生薬の調達で80%を占める中国では、農民の所得増加を目的とした国内政策や、中薬材および中医薬とその医療体制等について、国家級プロジェクトで中・長期計画を策定していることや、中国国内での生薬の需要増などの影響により、特に2009年からの価格上昇が顕著である。加えて近年の為替の影響を受け、さらなる価格上昇が起こっている。中国産生薬の生薬調達価格は原料生薬使用量上位30品目において、2006年を基準とした場合、約3.03倍に上昇しているとの報告がある(2024年 日漢協調査)。
一方、日本国内の医療用漢方製剤等の生産金額では、厚生労働省公表の『令和5年年薬事工業生産動態統計年報』によると、2023年の医療用・一般用を含めた漢方製剤等の生産金額は2,539億円で、そのうち、医療用漢方製剤等が1,882億円で74.1%を占めている。全医療用医薬品に占める割合は約2.1%、であるが、生産金額は2000年と比べて2023年は約2.2倍の増加となり、国内における原料生薬の需要は高まっている。
原料生薬供給国との連携については、日漢協が中心となり日中伝統薬関係団体との日中交流会を2014年より開始し、お互い隔年ごとに訪問を行い、原料生薬の安定確保に向けた交流を行っているが、我が国の伝統医学である漢方が国民医療において持続的に貢献するためには、生薬の安定確保と医療用漢方製剤等の安定供給が不可欠であり、伝統医療の分野において、産官学が協力し、原料生薬供給国との連携を強化していき、課題解決に向けた取り組みを行う必要がある。
3.国民の健康と医療のために必要な研究等の推進
① 日本の社会課題に即した領域・疾患への応用研究
漢方薬は、抗がん剤治療や手術などの現代医療が行われていない時代から様々な疾患に使用され、現代医療において、これまでに対応できなかった様々な疾患に対し、応用されるようになってきた。具体的には、手術後の腹部症状、がん支持療法、認知症の周辺症状などがまさにそれにあたる。
研究会においても、これまで、高齢者領域やがん支持療法と共に、近年の社会課題である新型コロナウイルス感染症やその後遺症、コロナ禍における高齢者の孤立による社会的フレイル、女性領域としてプレコンセプション期における疾患などの、医療用漢方製剤の有効性・医療上の必要性について検討を行ってきた。
しかしながら漢方薬は多成分系薬剤であることから、有効成分やその作用機序、薬物動態が不確かなものも多い。したがって、臨床研究と共に、有効成分の同定や作用メカニズムの解明、薬物動態などの基礎研究も継続していくべきである。
② ポリファーマシーの視点を含めた安全性データの蓄積
高齢者を中心に多剤併用が現実的に多く、高齢者や複数の慢性疾患をもつ患者では10剤以上の薬を常用している「スーパーポリファーマシー」といわれるケースもある。一方、新薬収載時の臨床試験の多くは単剤投与、または少数の併用薬を前提としており、実臨床の多剤併用状況を十分に反映していない。
高齢者や腎機能・肝機能が低下した患者は、薬物動態が大きく変動し、ポリファーマシーと臓器機能低下が重なることで、予期せぬ有害事象のリスク上昇を招き、入院や再入院、医療費増加の大きな要因ともなりえる。また、併用薬同士の薬物動態学的相互作用(代謝酵素CYP、トランスポーターなど)による血中濃度の上昇や薬力学的相互作用によるQT延長、出血リスク増強など、重大な副作用の可能性も否定できない。多剤併用時には副作用の原因薬剤を特定しにくく、因果関係評価が困難である場合も多い。
特にポリファーマシー下では薬剤の作用が複雑となり、予測困難な副作用が発現する可能性が高く、単剤の安全性データだけでは実臨床における安全性の根拠として不十分であり、それは漢方薬であっても例外ではない。
ポリファーマシーの視点を含めた安全性データの蓄積は、有害事象による転倒や認知機能の低下による転倒→骨折→寝たきり→感染→死亡といった悪循環を防ぐために重要であり、医療の効率化の観点からも推進すべきである。加えて、漢方薬は1剤で多愁訴の改善が期待できることから、ポリファーマシーの改善に寄与できる可能性についても研究を推進していくことが必要である。
③ 医療経済学的研究の推進
超高齢社会において医療費が増大する中、医療用漢方製剤等は全医薬品の中でも比較的安価であり、医療経済学的な分析研究結果からも、保険医療上においてCost-saving(健康アウトカムを改善し、医療費も減少させる)が期待できる医薬品である。
研究会においては康永秀生が、2016年にがん領域を中心に医療ビッグデータを用いた漢方研究についての成果を示し、2018年には大規模データを用いた漢方製剤のアウトカム評価および費用分析に関する研究(厚生労働行政推進調査事業費補助金政策科学総合研究事業)などの成果を示している。日漢協においても漢方薬における医療経済学的研究の重要性から2022年度より3カ年で、医療用漢方製剤等の医療経済学的研究の助成事業を行っているが、まだ十分とは言えない。
厚生労働省・AMEDから研究費支援を受け、大学、研究機関および業界が連携し、がん領域、高齢者医療を始めとする分野においても、医療用漢方製剤等の医療経済学的研究を推進すべきである。医療経済学的研究は、ひっ迫する日本の医療保険財政において必要不可欠である。
④ 診療ガイドライン掲載を通じた漢方診療の標準化
診療ガイドラインの掲載状況については、研究会立ち上げ当初の2016年9月末現在、70の診療ガイドラインに漢方148処方のうち85処方が掲載されていたが、2024年3月末現在では、161の診療ガイドラインに漢方148処方のうち133処方が掲載されるなど、様々な疾患のガイドラインに漢方薬が掲載される状況になっている。また、一部の漢方処方は海外のガイドラインにも掲載されるなど、目覚ましい進歩を遂げてきている。
今後も産学が連携し、エビデンスデータや臨床成績を積み重ねることにより、各学会が作成するガイドラインに、より高い推奨度でより多くの漢方薬が掲載されるよう努め、現代医療における標準治療薬としての位置付けを確立していくべきである。これらを推進していくことが保険医療上の必要性の拠り所ともなる。
⑤ 漢方医学教育の推進(卒前・卒後・生涯教育)
『漢方薬に対する意識・使用実態調査(2011年 日漢協調査)』では、「漢方薬を現在、処方している医師」は89%、「医療用漢方製剤を第一選択薬とする場合がある」と回答した医師は59%であり、増加傾向にある。これらは、これまでのエビデンスに基づき漢方薬が現代医療の中で標準的に使われるようになったことや、大学医学部における漢方医学教育の発展に寄与するところが大きい。
大学における漢方医学教育は医学モデル・コア・カリキュラムが2001年より「和漢薬を概説できる」との記載が明記され、改定を追うごとに記載内容が充実している。モデル・コア・カリキュラムは医学部・医科大学のみならず、薬学部、歯学部においても明記(看護学においては2018年の策定時のカリキュラムに明記)されている。漢方医学の教育は医療用漢方製剤の使用量の増加と共に、多職種へと広がりを見せている。教育施設としては、現在では国内に82ある医学部・医科大学の全てで漢方医学教育が実施され、漢方内科や和漢診療科などの診療科を標榜している施設は78大学に上る(2025年 日漢協調査)。また、多くの臨床研修指定病院においても、大学医学部での教育の発展に伴い、研修医に対する漢方医学教育が行われると同時に、漢方外来を行っている施設が増えてきている。
一方、実地医科では、日本医師会において、日進月歩の医学・医療を実践するための自己学習・研修を効果的に行えるよう生涯教育制度を実施しており、「日医e-ラーニング」において漢方治療のオンライン学習が行われている。
漢方医学と西洋医学の治療にはそれぞれ特徴があり、利点を活用し統合実践することで包括的かつ患者中心の医療を実現できる。このような観点からも漢方医学教育は大学での教育、そして医師になってからも継続して推進していく必要がある。
⑥ 証の科学的解明(個別化医療)
西洋医学では、血液検査や画像検査など客観的なデータを重視し、診断により病名を明らかにし、処方薬を選択する。つまり、病気の原因に直接対応することにより治療効果をあげることを重要視している。西洋薬は単一の有効成分で、一つの疾患に一つの効果を発揮する場合が多い。
一方、漢方医学では、患部の状態そのものではなく、からだ全体を診ることで症状がもたらす原因を追究し、からだ全体のバランスを整え、回復させるという考え方である。その際に必要となるのが漢方医学的な診断 「証」 である。
近年、病気を治すことだけでなく、病気と闘う患者に寄り添う個別化医療が重要視される中、漢方薬の必要性がより一層見直されてきていることから、漢方医学的診断スコア等の臨床的エビデンスを構築していくことは重要であり、遺伝的要因、環境的要因双方の寄与や、フェノタイプと「証」の整合性研究を推進していくなど、証の科学的解明を進め、個別化医療に還元していくべきである。
⑦ より適正使用に資する効能効果の整備
医療用漢方製剤は、古典文献の記載や長い臨床使用の歴史に基づき、一定の有効性と安全性が経験的に確認されていると判断された。このため、西洋薬のような大規模臨床試験を経ていなくても、長年の使用経験に裏打ちされた有効性・安全性を根拠に、従来の処方(湯剤)と同等の品質であることを前提に承認された。また、医療用漢方製剤の効能・効果は、漢方医学を取り纏めた成書に基づいている。
医療用漢方製剤の有効性・安全性は、承認後の臨床使用や再評価を通じて実質的に裏付けられ、臨床現場で継続的に用いられてきた。しかし承認当時には存在しなかった疾患が、現代医学において新たに定義されている。例えば「手術後の単純性イレウス」では腹痛や腹部膨満感が必発であることから、これらの症状に対して、古くから用いられている大建中湯が現代医療で臨床応用されるようになり、現在では標準的に使用されている。フレイルなど新たな疾患概念においても漢方薬の有効性が示唆されている。一方、漢方薬の効能効果では「血の道症」など、現代病名にそぐわない例が散見される。
このように、現代医学における疾患名と、漢方薬に記載されている効能・効果の表現とは必ずしも一致しないケースが多く存在する。これらについては、新薬と同様の承認申請によって効能を追加することは適切ではなく、現代医療に即した効能・効果として体系的に整備し直す必要があり、伊藤美千穂(国立医薬品食品衛生研究所 生薬部長)らが国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の天然物医薬品等の品質・安全性評価法の開発と基盤整備に関する研究を行った。今後は、これら研究成果を参考に、レギュラトリーサイエンスに基づく実行可能性を意識した道筋の構築に向けた検討に取り組んでいかなくてはならない。
⑧ よりコンパクトで服用しやすい漢方エキスのためのガイドライン整備
近年、慢性疾患を中心に薬物治療の長期化が進み、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受ける(アドヒアランス)の重要性が高まっており、服薬アドヒアランスの低下は、治療効率の低下を招き、社会にとっては医療費の負担の増大につながるとされている。
また、超高齢社会を迎えた現在、多病を抱えて要介護状態にある高齢者の増加に伴い、ポリファーマシーの存在や、服薬管理に問題を抱えることがしばしばある。他のケアもある中で服薬支援を確実に遂行するには限界もある。まずポリファーマシーに対して処方見直しを行うことが重要であるが、上手く処方見直しを行えたとしても数種類の薬剤が残れば服薬管理の問題は依然として残る。こうした課題に対し、日本老年薬学会高齢者施設の服薬簡素化提言ワーキンググループ(代表:秋下雅弘)から「高齢者施設の服薬簡素化提言」(2024年5月)が発出されている。これは介助者の負担軽減を意識した内容を含んでおり、コンパクト化され服用しやすい剤形や、服用回数を減らすことは、服薬介助に割いていた時間を、他業務へ充てることが可能となり、より質の高いケアの提供が期待できる。
しかし、医療用漢方製剤については、厚生労働省の通知において、一申請者に対しては一処方名につき一処方のみしか認められておらず、服用性の良い新製剤を追加することができない。賦形剤の量を少なくした新たな製剤の開発などは、しばしば服薬が困難となる高齢者・がん患者などの服薬簡素化の観点からも望まれているところである。
一方、これまでの研究会での提言を受け、産官学連携の下、レギュラトリーサイエンスを意識した検討が実施され、医療用漢方製剤において剤形が異なる製剤の追加のための生物学的同等性評価に関する基本的考え方(令和3年7月19日付、厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課事務連絡)が発出された。これにより医療用漢方製剤の剤形追加は困難であったものが一定の道標が示されるようになった。さらに医療用漢方製剤に対し、賦形剤量の変更も含め、いわゆる処方変更の取り組みも必要とされているが、これらの検討において重要なのは、多成分系医薬品の品質保証をどう考えるかについて、コンセンサスを得ることであり、その考えに基づいた、承認申請ガイドラインの策定が必要となる。
これらの実現については、厚生労働省、国立医薬品食品衛生研究所、医薬品医療機器総合機構(PMDA)、各業界団体および有識者等によるワーキンググループまたは研究班などを立ち上げ、効能効果の整備同様に、エビデンスに基づく議論を行い、レギュラトリーサイエンスを意識した道筋の構築(通知やガイドライン等の整備)を進める必要がある。
⑨ 産官学連携に基づく公的研究の推進(体制支援・研究費等)
医療用漢方製剤等に関わる公的な研究費は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が国民及び医療従事者の健康保持や疾病治療・予防の選択肢を増やし、医療の質の向上をはかることを目的として、統合医療における漢方、鍼灸及び各種療法に関する各研究を推進することによって、安全性・有効性等の観点から科学的根拠に基づく新たな質の高い臨床研究への展開に資する知見を創出し、将来的に患者・国民及び医師などに還元することを目標として「統合医療に係る医療の質向上・科学的根拠収集研究事業」を行い、「統合医療」についての科学的知見の集積に関する研究、「統合医療」※についての西洋医学との組み合わせ・融合に関する研究に関する研究費を支出している。
医療用漢方製剤等に関わる研究については、エビデンスの一層の集積や薬用植物科学研究など様々な課題があり、これらの課題解決には長い期間と多額の研究費および研究支援体制の構築が必要であり、更なる支援体制の充実が必要である。
また、世界的に見て、伝統薬あるいは補完薬に関するナショナルオフィスが、この20年間で22か国から98か国に増えている。しかしながら日本にはまだ設置されていないのが現状である。さらにWHO総会で伝統医学の章を含むICD-11が承認され、国際的に医療の中で自国の伝統医学が見直されている。日本は伝統医学である漢方医学と現代医学を共に使用できる唯一の国であり、国民の健康維持に貢献している実績やエビデンスがあることから、世界的に注目が集まっている。
このようなことから漢方の国際化および国内の問題について対応出来る行政担当官の配置などの支援体制が必要であり、日本政府においても、医療政策に関する基本方針に漢方を組み入れ、All Japan で漢方薬に係る課題の解決に当たる体制を構築し、国民の共通財産である漢方を育成していくことが求められる。
(※)統合医療とは「近代西洋医学を前提として、これに相補・代替療法や伝統医学などを組み合わせてさらに QOL(Quality of Life:生活の質)を向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」(平成24年3月『「統合医療」のあり方に関する検討会』 )と位置付けられている。
⑩ 漢方製剤等のグローバル展開の推進
一部の企業では海外において漢方薬の臨床研究や海外展開を視野に入れたグローバル展開に向けた活動を進めているが、未だ十分とは言えず、今後、海外とのコラボレーションによる臨床試験を推進し、海外医学雑誌への掲載、海外医学会の診療ガイドラインへの掲載と共に、日本から世界に発信できるエビデンスを構築すべきである。それには産官学の漢方製剤等に係る研究協力体制を強化することにより、漢方製剤等の治療効果に関するエビデンスをさらに充実させることも必要である。
日本は植物薬の研究に関し、世界で最も進んでいる国である。漢方製剤等に関する日本の知見(エビデンスやレギュラトリーサイエンスなど)を明確にし、アジアをはじめ世界に発信し国際展開を促進する。その上で、国際貢献の観点も踏まえ各国の保健衛生の向上に寄与しつつ、関連産業の進出、海外市場の拡大等を図り、日本の経済成長に貢献する仕組みを構築すべきである。
そのためには、アメリカ、ヨーロッパ、アジア等の、政府機関、ファンディング機関、大学研究機関等との共同研究を促進するための橋渡し、および情報収集・分析、情報発信等がなされるべきである。そして、海外で得た知見を国内に還流させ、国内で更なるエビデンスを集積するなどの好循環を生み出すことにより、日本の伝統医学である漢方医学およびその治療薬である漢方薬が更に発展する礎となる。
4.国民が求める医療用漢方製剤等の情報発信
保険医療上の必要性に関する理解を広く啓発する
具体的には、社会課題や最新の研究成果を踏まえ、品質、有効性、安全性及び経済性に関する情報発信を強化する。 日本の医療において漢方をより活かすべきとの合意形成のためには、国民の理解と納得が得られなくてはならず、医療関係者はもとより、保険者、行政機関、国民(患者)等に広く医療用漢方製剤の品質、有効性、安全性、経済性を正しく伝え、情報共有をはからなくてはならない。 医療用漢方製剤等は、保険医療上必要不可欠な薬剤であることや、現代医療の中で漢方診療が実践できる日本の医療制度の特性を最大限に活かし、健康寿命の延伸をはじめとする社会課題の解決と保健衛生の向上に今後も寄与していく必要のある薬剤であることは、これまでの研究会での議論で明らかである。 研究会においては、増田美加(NPO法人みんなの漢方理事長)が「漢方薬を健康保険で処方された経験がある患者さんや、保険適用されなくなると困ると答えた患者さんが大多数を占める。」「漢方薬の健康保険診療は欠かせない。」「医師処方による漢方薬が大きな助けになる。」「女性活躍、女性の健康支援にとって漢方薬の役割は大きい。」と、患者の立場から、アンケート調査結果や自身の体験を踏まえ報告している。しかしながら多くの健康な一般国民は、保険医療の中で使用される医療用漢方製剤等に関する認知度が低く、エビデンスの現状が十分に理解されていないなどの指摘もある。
漢方薬には医師診断の基で処方される医療用医薬品と、セルフメディケーションを中心とした一般用医薬品があり、それぞれ全く異なった役割の基、国民の健康に寄与しており、漢方薬に関する正しい知識を広く国民(患者)に発信し、理解を促すことが必要である。そのためには、市民公開セミナーや全国医師に向けたセミナーの開催の実施、あるいはマスメディアや一般の書籍・雑誌への掲載など、国民(患者)等への啓発活動については、産官学が協力し、大学、自治体や公共の健康講座などを中心に全国ネットワーク化して推進すべきである。
加えて、医療用漢方製剤等の課題解決に向けた検討等を進めるにあたっても、現状の社会保障制度の課題や、限りある医療資源の有効活用の必要性等に対する理解を産官学・国民が連携し、多くの国民(患者)に内容を公表・説明していくと共に、漢方薬の医療上の必要性も含めた世論醸成をしていくためのアドボカシー活動も必要である。
日本は世界で有数の超高齢社会であり、年々社会保障費の高騰が大きな社会問題となっている。世界に誇れる国民皆保険制度を堅持し、現代医療の中で漢方診療が実践できる日本の医療制度の特性を最大限に活かし、国民が将来に亘って良質かつ効率的な医療を享受するためには、医療関係者はもとより、国民(患者)、保険者、行政機関等に、広く漢方の品質、有効性、安全性及び経済性に関する情報を正しく伝え、理解してもらわなくてはならない。 本提言の着実な実現を通じ、産官学が連携し、現代医療の中で漢方の価値を一層高めて行くことを期待する。